財前部長がそれでも「帝国重工」を辞めない理屈 大企業で我慢して働く意味とは何だろうか

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そのポイントは、「フリンジ・ベネフィット」です。フリンジ・ベネフィットとは、企業などが、その役員や従業員に対して、「給与以外に提供する経済的利益」のことをいいます。具体的には、年金・健康保険料等の会社負担や交通費の支給、社員寮、保養所等の福利厚生施設の提供が一般的ですが、これに慶弔金の給付、社員割引の制度や持ち株会、財形貯蓄といった社内の資産形成制度への利子補給等も加わります。

これらの項目の中には、税制優遇があるものも多く、企業からすれば損金算入できますし、従業員にとっては課税所得に含まれない場合もあります。したがって、双方にメリットがあるため、これまで日本ではこうした経済的利益が提供されてきたわけです。

財前部長の会社を辞めない理由が会社の契約保養所を利用したいからだとしたら、ファンならちょっとがっかりしてしまいます(もちろん、それだけではないはずですし、そんな人には見えません)。が、一般論としてドラマに出てくる帝国重工のような巨大企業は、中小企業に比べると、はるかにこうしたフリンジ・ベネフィットが充実していることは事実です。

これは必ずしも、日本だけの現象ではありません。アメリカを代表する超巨大企業のGM(ゼネラル・モーターズ)が2009年に事実上の経営破綻をした原因の1つが、こうした手厚すぎる福利厚生だったといわれています。特に、退職者に対する年金や医療保険の負担が大きかったようです。アメリカのアナリスト、クリスティン・デーリー氏は、(『金融大狂乱』~リーマン・ブラザーズはなぜ暴走したのか」:ローレンス・マクドナルド&パトリック・ロビンソン著、2009年徳間書店刊)のなかで、「GMは自動車メーカーではない。副業で車を作っている福利厚生施設だ」とさえ言っています。

福利厚生削減で、以前ほど大企業にメリットを感じない

これまで日本の大企業の福利厚生が手厚かったことは事実です。しかし、こうした流れは変わりつつあります。その理由はさまざまですが、背景にあるのは、個人の価値観の変化でしょう。今どき、社内旅行や社内運動会をありがたく思う人は少ないでしょうし、社宅や独身寮に入って窮屈な思いをするぐらいなら、自分で家を借りるほうがいいという人が圧倒的に多いはずです。したがって、そういう類の福利厚生は少なくなりつつあります。

一方、利子補給や低利融資などの金銭的利益はありがたいものですが、これも企業の業績低迷やコスト削減の流れによって姿を消しつつあります。さらに、従来課税されていなかったこれらも課税対象の検討がされるようになれば、ますます縮小していくことでしょう。日本経団連が2018年12月19日に公表した「福利厚生費調査結果報告」でも、2017年度の企業の福利厚生費は、全産業平均で従業員1人当たり前年度比3.1%の減少となっています。

そして、この流れは退職給付制度においても顕著になりつつあります。例えば企業年金でも、昨年秋にソニーが確定拠出年金への完全移行を決めたように、今後は会社が丸抱えの福利厚生や退職給付制度は縮小し、ますます自助努力による備えが必要になってくると考えるべきでしょう。

こう考えると、今後、終身雇用で福利厚生が完備した大企業で働くことが必ずしも幸せというわけではありません。それに中小企業と違って、大規模な労働組合が存在し、こうした諸制度の見直しに抵抗することも改革や制度変更が進まない要因となりえます。アメリカのGMの例を見るまでもなく、福利厚生が充実している大企業ほど、業績が悪化したときなど、逆にリスクが高くなることが考えられるのです。

財前部長もいつまでも帝国重工にしがみつく?のではなく、そろそろ老後に向けた自助努力を考えていくべき時期に来ているのではないでしょうか。

大江 英樹 経済コラムニスト、オフィス・リベルタス代表

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おおえ ひでき / Hideki Oe

大手証券会社で25年間にわたって個人の資産運用業務に従事。確定拠出年金ビジネスに携わってきた業界の草分け的存在。日本での導入第1号であるすかいらーくや、トヨタ自動車などの導入にあたりコンサルティングを担当。2003年から大手証券グループの確定拠出年金部長などを務める。独立後は「サラリーマンが退職後、幸せな生活を送れるよう支援する」という信念のもと、経済やおカネの知識を伝える活動を行う。CFP、日本証券アナリスト協会検定会員。主な著書に『自分で年金をつくる最高の方法』(日本地域社会研究所)、『知らないと損する 経済とおかねの超基本1年生』(東洋経済新報社)などがある。

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