人間は自ら望んで「AIの家畜」になるのか 尊厳と制度で考える「近代」と「ポストモダン」

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斎藤:同感です。実は僕の『試験に出る哲学 「センター試験」で西洋思想に入門する』でも、ポストモダンの思想家は取り上げていないんですね。試験にあまり出ないというコンセプト上の問題もありますが、それ以上に、ポストモダンの話をしようにも、そもそもモダンが何なのかがわからなければ、ポストモダンの思想家たちがどういう問題意識を持っていたかはわかりません。だから、古川さんが本のなかで近代思想を中心に取り上げたのもよくわかるし、僕の本もハイデガー、ヴィトゲンシュタイン、サルトルどまりです。

ただ、ポストモダニストが鋭く問うてきた「他者」や「主体」「権力」といった問題群が今もって重要なのは言うまでもありません。

「人間の尊厳」を守る「制度設計」

斎藤前編で古川さんは、哲学を学ぶということは、最終的には自分の「生き方」を考えるということだとおっしゃっていましたよね。

古川 雄嗣(ふるかわ ゆうじ)/教育学者、北海道教育大学旭川校准教授。1978年三重県生まれ。京都大学文学部および教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。専門は、教育哲学、道徳教育。著書に『偶然と運命――九鬼周造の倫理学』(ナカニシヤ出版、2015年)、『看護学生と考える教育学――「生きる意味」の援助のために』(ナカニシヤ出版、2016年)、共編に『反「大学改革」論――若手からの問題提起』(ナカニシヤ出版、2017年)がある(写真:古川雄嗣)

けれども、他方で、いくら自分の生き方を変えたところで、結局は、今の世の中では「金と権力」が「論理と思想」を隅に押しやってしまって、市場と競争のなかで生きていくしかないじゃないか。結局、いくら哲学や思想を勉強したって、世の中は何も変わらないじゃないかと考える人もいるんじゃないかと思うんです。実際、世界を見ると、ポピュリズムが吹き荒れて、排他的な主張を掲げる政治家が人気を集めている。こうした現状について、古川さんはどのようにお考えですか。

古川:難しい問題ですけれども、僕はあえて今回の本では、こんな現代だからこそ、「人間の尊厳」という概念にあくまでもこだわった「カント主義」を見直すべきではないかと書いたんですね。近代という時代は、もともと何を理想として、何を求めてきたのかというところに、もう一度立ち還るべきではないか、と。

もちろん、そこに立ち還ったからといって、じゃあ何が変わるんですかと言われても、はっきり言って世の中は何も変わりません。だけど、少なくとも、これは私たちが本来求めてきた世界ではない、ということに気づくことはできるし、これは私が誇らしく胸を張って生きられる生き方ではない、ということに気づくこともできます。まず「気づく」ということが、何につけ出発点だと思うんです。

前編でも言ったように、「俺は本当の意味での自由な人間になんてなりたくない。本能と欲望の奴隷になって、ひたすらやりたいことをやりたいようにやるだけの人生がいいんだ」という人はいるでしょう。僕だってそうですしね。「なぜ奴隷であってはダメなのか」と問うても、別にどうしてもダメな理由なんて、実はないんです。

にもかかわらず、それでも自由な人間であろうとする理由はどこにあるのかと考えたら、僕は結局、「人間の尊厳」というところにしか行き着かない。それは人間らしい生き方ではない、人間としての誇らしい生き方ではない、ということくらいしかないんじゃないか。その時々の欲望に流されて振り回されるだけの人生というのは、人間として情けないとか、みっともないとか、最後はそういう美意識の問題になってくると思うんです。

それは思想としては弱いのかもしれないけど、現代文明に振り回されて、わけのわからない人生を送らされてしまうことに対して、ぎりぎりのところで踏みとどまって、自分なりに納得できる人生を生きるためには、それが最後の抵抗の拠点になるんじゃないか。そんな気がしています。

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