映画「バイス」は社会派なのに笑える異色作だ 「影の大統領」チェイニー副大統領の裏側描く

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さらに外見もチェイニーになりきるべく参加したのが、『ミセス・ダウト』や『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』などで、アカデミー賞(メイクアップ&ヘアスタイリング賞)を獲得しているメーキャップアーチストのグレッグ・キャノンだ。

パウエル国務長官を演じたタイラー・ペリー。こうした実在の人物との“そっくり度合”も見どころのひとつ ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All

チェイニーとベールの顔の造形はまったく正反対だったというが、シリコンを彫刻、整形し、試行錯誤を重ねながらもベールをチェイニーに近づけた。本作では、ほとんどのシーンが63歳のチェイニーをイメージしていたそうで、ベールは、このシーンの撮影のために1日5時間近くメーキャップトレーラーに詰めていた。

これらによって身も心もまったく別人になりきったベールの姿は、驚異的のひと言である。そして、今年のアカデミー賞でも、大本命に押され、美事、メイクアップ&ヘアスタイリング賞に輝いている。

さらにドナルド・ラムズフェルド国防長官役のスティーブ・カレル、ジョージ・W・ブッシュ大統領役のサム・ロックウェル、コリン・パウエル国務長官役のタイラー・ペリーといった、大胆かつ絶妙なキャスティングも、実物と比べて見るとそのたたずまいの似具合が非常に楽しい。

だが、ベールがインタビューで「ただ本物に似ている面白いキャラクターというだけだったら、アダムがすでに『サタデー・ナイト・ライブ』でやっているからね」と語る通り、この物語は単なるモノマネショーで終わっていないところが面白いところだ。そのキーパーソンとなるのが、チェイニーの妻リンを演じたエイミー・アダムスだ。

アカデミー賞に輝いたメイクアップも見どころ

女性の社会進出が困難だった時代、リンはディックという夫を通じて、自身の野心を追求しようとする。スピーチが苦手な夫とは対照的に、聴衆の心を一気につかみ、人々を鼓舞し続けるリンは、夫の出世の原動力となった。「彼女がほかの誰と結婚したとしても、その夫は大統領や副大統領までは上り詰めただろう」と評する人もいたほどだ。

エイミー・アダムス演じるリン・チェイニーの存在が、作品に厚みをもたせる ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All

タフでしたたかで、夫を叱咤激励して目的を敢行させるためにディックの尻を叩きつけるリンの姿は、まるでシェイクスピアの戯曲「マクベス」に登場するマクベス夫人のようでもある。

そしてやはりそれを意識しているのか、劇中で夫婦が語り合うシーンでも、シェイクスピアの戯曲を意識したようなセリフまわしがいきなり登場し、強烈な印象を残す。

チェイニーという底知れない人物がいかにして大統領にも匹敵するような権力を握り、そして世界を混乱に陥れたのか。「世界を守るためにアメリカは強くなくてはならない」という信念のもとに、時には法律をねじ曲げてでも目的を遂行させようとする。

そしてあの悪名高きイラク戦争が終わった後も、世界情勢は混乱を極め、今でも平和への道筋はまだ見えていない状況だ。そんな中で本作を作るにあたり、マッケイ監督は、チェイニーの許可はとっていないと語る。「そんなことをしたら、本人が許可した伝記になってしまうし、彼が入れるなということは入れられなくなってしまう。それが本当の歴史だと僕らが知っていてもだ」という言葉に、アメリカのエンターテインメントの骨太さと奥深さを感じざるをえない。

(文中一部敬称略)

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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