「沖縄をなめるな」に若者たちが見せた連鎖反応 分断と歴史、葛藤の島でもがく若者たち(4)
彼の思いがヤマトに届くのか、逆に分断を深めてしまうのか。それは本土の受け止め方にかかっている。
そして最後に、その「本土側」で、どうしても書いておきたい人物がいる。
東京から2年半前に沖縄にやってきた大袈裟太郎さん(36歳)という男だ。
大袈裟太郎は本名ではない。職業もジャーナリストと呼んでいいのか、私には判断できない。だがこの間、辺野古だけでなく、アメリカ軍のヘリパット建設への反対運動が起きている本島北部の東村(ひがしそん)の高江地区に通って、動画を撮り続けている。ツイッターやFacebookでレポートとともに拡散し、OOGESATAROjournalと題したブログも手掛けている。
2月7日現在、ブログには1265回目の報告が掲載されていて、そのフォロワーは約1万2000人に達する。基地反対を掲げる運動家だけではなく、基地容認派にも知られた存在だ。
かつて東京では、浅草で人力車を走らせて生計を立てるラッパーだった。政治に関心もなく、投票にも行ったことがなかった。
「人力車引いている場合じゃない」
東日本大震災のあった2011年3月11日、福島第1原子力発電所が爆発して放射線が東日本を覆った。「国は原発って安全って言ってたんじゃないのかよ」。
無条件で信じてきた国の施策に疑問を持つようになったのは、それからだ。2016年の参院選でミュージシャンの仲間が東京選挙区に立候補した選挙を初めて手伝い、社会の矛盾に目を向けるようになった。直後に神奈川県相模原市の障がい者施設で45人が殺傷される事件が起きた。彼は当時を振り返ってブログにこう書いている。
「時代が傾いていくのを痛切に感じた。ありふれた日常が奪われていくのを感じた。人力車をやっている場合じゃないと思った」
社会のために何かできることは、と自問していたときに仲間から促されて高江に動画を撮りにいくことになった。初めの約束は10日間だったが、滞在は延びていく。高江の森で警察官に排除される住民を目の当たりにして、東京で報道されていることと現実との格差に驚く。
第一に、高江のことなど大手新聞社はほとんど報じていないばかりか、ネット上では「地元の住民にとって抗議行動は迷惑だ」「左翼活動家が日当をもらって参加している」などのデマが横行していた。だが、そこに座り込みを続けて警察官に強制排除されているのは、ついさっきまで農作業をしていた地元のお年寄りなのだ。
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