「道徳教育を受けた人は収入が多い」は本当か

「論理的思考」は人為的に教えるしかない理由

柴山:「近代社会、近代国家で生きていくのに必要な知識や思考方法があるので、それを学校で学ばせなければならない」ということですか。

古川:そういうことです。それが例えば「自由」や「人権」であり、そして「愛国心」や「公共精神」といった概念や価値観です。

左派は前者ばかり強調して後者を忌み嫌い、逆に右派は後者ばかり言って前者を軽視するけれども、実はこれらは両方ともが、近代の人間と社会と国家が成り立つために必要不可欠な価値であるわけですから、そんなところで対立しているようでは左も右もおかしい。要するに近代とは何かという基本的なところが何もわかっていないんです。

佐藤:近代社会は、そういった概念や価値観が人々に共有されることで成り立つと考えられている。この認識が正しければ、当の概念や価値観を啓蒙するのは、よき市民を育て、社会を発展させる意義を持つはずでしょう。

古川:もちろん、先ほど中野さんがおっしゃったように、それはそれで安易な考えだということは私も自覚しているつもりですが、それでも、まずは一度、そういう近代の基本的なところに立ち還ることが大事ではないか、というのが私の考えです。その結果、『大人の道徳』は、自分でも苦笑してしまうほど啓蒙主義的なスタンスの本になってしまったんですが(笑)。

考え、議論する道徳

中野:知識を教える段階をレイヤー1とすると、次のレイヤー2としては、それを使って「何が正しいのか」という判断ができるよう、判断能力を訓練することになりますね。

佐藤 健志(さとう けんじ)/評論家・作家。1966年、東京都生まれ。東京大学教養学部卒業。戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』(1989年)で文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を受賞。『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋、1992年)以来、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。主な著書に『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)、『右の売国、左の亡国』(アスペクト)など。最新刊は『平和主義は貧困への道』(KKベストセラーズ)(写真:佐藤 健志)

佐藤:知識を活用して正しい判断を下すためには、個々の知識を相対化することが欠かせません。明確な正解がなくなるため、ハードルがかなり上がります。

中野:ただ小学校でそういうことをまったくやっていないかというと、そうでもない。「貧しい子が病気のお母さんを助けたくて、薬を盗みました。それはいいことですか、悪いことですか」といった問いを、先生が結論を出さずにみんなに考えさせるとか、そういうことは今でもやっているわけです。

:面白い試みをしている先生もいます。私の知人の小学校教員の方ですが、「プロ野球選手になりたかったけど、なれなかった」という話を子どもたちに読ませて、「夢がだんだん壊れていくのを、どうやって受け入れていくか」と議論させていました。

そこまでできれば「考え、議論する道徳」という文科省のフレーズどおりですね。

柴山:僕は自分が子どものときにどんな授業を受けたのか、ほとんど忘れてしまいましたが、何かを議論したことだけは覚えていますね。

僕は足立区梅島出身で、ビートたけしが地元のヒーローだったんですよ。で、小学5年ぐらいのときに『フライデー』編集部殴り込み事件というのがあった。

みんなが大ファンだったたけしが事件を起こしたということで、道徳の時間だったかホームルームだったか、「あれは正しいか、間違っているか」という議論になった。

女の子には「暴力はいけないと思います」と言う子がいて、だけど男の子は「いや、正しいことをしたんだ」と、正当化できる暴力もあるという話をする。結論がどうなったかは忘れてしまったけど、理性的、抽象的にものを考える機会にはなったと思います。

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