「道徳教育を受けた人は収入が多い」は本当か

「論理的思考」は人為的に教えるしかない理由

古川:実際「子どもの頃に道徳教育をきちんと受けた人間は、そうでなかった人間に比べて収入が多い。だから道徳教育が必要だ」とあからさまに言っている学者もいるんです。しかもそれがいわゆる「保守」を代表する学者で、今回の教科化を推進した中心人物の1人だという……。

中野:近代思想というよりネオリベラリズムですね。それを自民党が学校に押し付けようとしているのですか。

施光恒(以下、施):経済面からの要請が学校や子育てにどんどん入ってきていることは、道徳に限らず今日の教育の大きな問題でしょうね。

柴山:自分が身に付いていないものがあると、学校教育のせいだと文句をいう風潮がありますね。道徳教育でも、家族や地域社会の役割は重要なんだけど、学校だけが狙い撃ちにされているという構図がある。

中野:学校教育に過大な期待をしているんです。「教育を変えれば世の中が変わる」とか「教育を変えれば人間は変わる」というのは間違いではないが実に安易な発想ですよ。

道徳教育は何のために存在するのか

中野:古川さんご自身は、道徳という教科では何を教えるべきだとお考えなんですか。

中野剛志(なかの たけし)/評論家。1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(ともに集英社新書)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬舎新書)などがある(撮影:今井康一)

古川:一言で言えば、「近代の社会と国家を成り立たせるために必要な、概念や思想、価値観」です。それらは実は非常に抽象的なものだから、日常の生活のなかで自然に身に付くものではなくて、教育によって人為的に理解させなければならないものだと私は考えています。

というのは、これはちょっと考えてほしいところなんですが、小学校や中学校の授業を参観すると、例えば小学校の高学年でも2桁の足し算ができないような子がクラスにつねに一定数いるんです。そういう子たちは先生に時間をとってもらって、何度も何度も懇切丁寧に教えられて、やっとなんとかできるようになって卒業していく。

2桁の足し算の何がそんなに難しいのかというと、これは抽象的な思考だからです。目に見える2つのミカンと3つのリンゴだったら、数えれば全部で5個だということは誰だってわかるんだけれども、「56+38=?」という問いは、目に見えないものを、頭の中だけで、純粋に論理的に考えなければいけない。これが実は、相当難しいことなんですね。

では、そんな難しいことを、なぜそんなに手間をかけて教え込むのかというと、やはりそれができないと近代社会では生きていけないし、逆に近代社会が成り立つためにはみんながそれをできる必要があるからです。そもそも学校という制度はそのためにこそ存在するものだったはずです。

だとすれば、道徳も同じではないか。いや、むしろ道徳こそ、その最たるものではないか。「自由とは何か」なんて、考えてみれば恐ろしく抽象的な思考ですからね。それは学校が手取り足取りしながらすべての子どもに教えなければならないことではないか。そんなふうに私は考えるようになってきたんです。

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