ワシントンでトランプ流交渉術が敗北したワケ 「壁予算」で初戦は完敗、今後のシナリオは?

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当初、トランプ大統領、そしてペロシ下院議長にとって交渉のBATNA(交渉決裂の場合の最善の代替案:Best Alternative To a Negotiated Agreement)は、双方ともに政府閉鎖をもたらす「合意なし」で決着することであった。

だが、2019年1月に入って、状況が変わった。これまで、交渉はトランプ大統領とペロシ下院議長の2者間で決まると思われていたのが、最も交渉力を有する国民・政府職員が実質的に参戦したことで状況は一変したのだ。政府閉鎖で借金返済などが滞る政府職員、飛行機の遅延などで影響を被る国民の声が、連日、テレビでも紹介されるようになった。そのため、トランプ大統領および議会は政府再開を余儀なくされたと思われる。

今後、超党派の議会予算協議委員会で行われている交渉で、まずは妥協案に合意することが重要だ。最終的に議会の妥協案が、国境警備に関わる問題をはじめとするさまざまな項目について、民主党と共和党の意見を盛り込んだ内容となり、大統領とペロシ下院議長の双方が勝利宣言を行って政府閉鎖を回避できれば、「偉大なるディール」といえよう。

だが、こうした期待に水を差すのが、トランプ大統領のあくまでも壁建設にこだわる「ゼロサム」姿勢だ。2019年1月31日、「壁と言えば壁のこと(A Wall is a Wall)」と自らのツイッターで発信した。議会が交渉する中、トランプ大統領が介入して、公の場で支持基盤も巻き込む交渉にしてしまうと、妥協案は破棄される可能性が高い。

まさかの「国家非常事態宣言」?

トランプ大統領にとってのBATNAは、短期的には1976年制定の国家非常事態法(NEA)に基づいて、「国家非常事態宣言」を行って議会の承認を経ずに壁建設の予算を決定することだ。だが、それは中長期的には、トランプ大統領にとってもコストが高い。議会の予算権限をないがしろにすることとなるだけでなく、共和党の地元にあてられる予算などを壁建設に利用することになるケースも想定され、共和党内からの反発も必至だ。

これまでも9.11テロ事件などで歴代大統領は国家非常事態を宣言している。とはいえ、トランプ大統領が、仮に、支持基盤にアピールするために、議会の超党派案を破棄して国家非常事態宣言を行えば、将来の政権が同様に国家非常事態宣言を利用する前例を作ってしまう。これは中長期的にアメリカ政治の深い傷となる。

トランプ大統領が国家非常事態を宣言して、民主党の反対する壁建設を強行するようならば、ますます政治は混迷を極めるであろう。議会では特に下院が大統領を阻止する法案の可決に向けて動くことも想定される。

NEA制定以降、大統領の国家非常事態宣言に議会が阻止に動いたケースはある。ジョージ・W・ブッシュ政権時代、国家非常事態宣言でハリケーン・カトリーナの復興において連邦賃金法の適用免除を認めたが、その後、議会が法案可決で阻止する動きを見せたことでブッシュ政権は同政策を撤回した。なお、国家非常事態宣言をした場合、大統領権限に対し訴訟が起こるなど司法で争われることも想定される。

史上最長となった政府閉鎖は国民に被害をもたらしたことを、民主党も共和党も超党派で理解している。国民は政府閉鎖に嫌気が差していることから、少なくとも議会にとってのBATNAは民主党が反対するような壁建設費用を含まないつなぎ予算成立となっており、再度の政府閉鎖を極力回避する可能性が高まっている。

つなぎ予算の期限が切れる交渉第2ラウンドの終了日は2019年2月15日と迫っている。大統領とペロシ下院議長が同じ間違いを繰り返せば、再びディールの成立を逃すであろう。

2019年2月5日、トランプ大統領は上下両院合同会議における一般教書演説で壁建設を改めて訴えた。だが、国家非常事態宣言や政府閉鎖の可能性には言及せず、壁建設をめぐってやや柔軟な姿勢を見せた。まずは交渉第1ラウンドの教訓からも、第2ラウンドではトランプ大統領は議会予算協議委員会に妥協案の作成を任せるようだ。大統領がこれを追認すれば政府閉鎖を回避できるかもしれない。

仮に壁建設費用が含まれていなくても国境警備強化の内容をトランプ大統領が大きな成果として支持者に訴えることは可能だ。トランプ大統領は小さな成果を大きく見せる能力に長けている。今後は、議会が大統領による交渉介入を回避するとともに、大統領に勝利宣言できるような材料を提供しうるかどうかが、カギを握る。議会がそのような材料を提供できなかった場合は、大統領が国家非常事態を宣言するリスクがある。

渡辺 亮司 米州住友商事会社ワシントン事務所 調査部長

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わたなべ りょうじ / Ryoji Watanabe

慶応義塾大学(総合政策学部)卒業。ハーバード大学ケネディ行政大学院(行政学修士)修了。同大学院卒業時にLucius N. Littauerフェロー賞受賞。松下電器産業(現パナソニック)CIS中近東アフリカ本部、日本貿易振興機構(JETRO)海外調査部、政治リスク調査会社ユーラシア・グループを経て、2013年より米州住友商事会社。2020年より同社ワシントン事務所調査部長。研究・専門分野はアメリカおよび中南米諸国の政治経済情勢、通商政策など。産業動向も調査。著書に『米国通商政策リスクと対米投資・貿易』(共著、文眞堂)。

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