ワシントンでトランプ流交渉術が敗北したワケ 「壁予算」で初戦は完敗、今後のシナリオは?

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壁建設にこだわる姿勢は支持基盤の人気を維持するといった政治面では効果を発揮した。2極化が進むアメリカ社会は、近年、共和党の支持基盤は右寄りの保守へ、民主党の支持基盤は左寄りのリベラルへと大幅にシフトしている。共和党の支持基盤は厳格な移民政策を支持しており、トランプ大統領の壁建設の選挙公約は、厳格な移民政策の象徴でもあった。

一方、ペロシ下院議長も交渉の妥結を難しくした。中間選挙で反トランプを掲げて民主党が下院を奪還した中、ペロシ下院議長はトランプ大統領との選挙後の初戦でトランプ大統領を阻止する姿勢を貫かなければならない。ペロシ下院議長は壁建設を「不道徳」と呼び、トランプ大統領や大統領の支持者が望んでいる内容を十分に考慮する前に拒絶反応を示し、壁建設費用を捻出することをほぼ不可能とした。今日、民主党支持者にとっては、壁建設は反移民政策の象徴となったため、ペロシ下院議長も容易に受け入れられないようだ。

つまり、2極化社会における政治手法として「ゼロサム」は、交渉が平行線をたどる運命にある。毎回、取引先を変えるようなニューヨークの不動産業では「ゼロサム」交渉術が通用したとの指摘もある。だが、長期的に親密な関係の構築を重ねて成り立つワシントン政治では、「ゼロサム」は通用しない。

「ゼロサム」から「多次元」の交渉にすれば打開も

壁建設をめぐり、「ゼロサム」交渉からトランプ大統領とペロシ下院議長が脱却するには2つの手法が考えられる。1つは交渉学で指摘されるように「ポジション(表に出る主張をはじめとする立場)」重視から、相手の「関心(主張の背景にある目的)」重視に交渉姿勢を切り替えることだ。

つまり、ペロシ下院議長は壁建設を求めるトランプ大統領と民主党に共通する国境警備強化といったニーズを理解し、そのニーズを満たすことを努力することが重要となる。一方、トランプ大統領も壁建設にこだわりフレキシビリティに欠ければ、国境警備強化のための対策でつねに交渉が暗礁に乗り上げることを理解する必要がある。

そしてもう1つは「壁建設支持 vs. 壁建設反対」といった「ゼロサム」の「1次元での交渉」を行うのではなく、「多次元の交渉」とすることだ。ドワイト・アイゼンハワー元大統領(任期:1953~61年)は「もし問題が解決しないのであれば、問題を拡大せよ」との名言を残している。

つまり、第1ラウンドの「壁建設支持 vs. 壁建設反対」の交渉から、第2ラウンドではほかの問題を追加して交渉するということだ。それによって、両者はお互い部分的に失うものはあったとしても、それぞれ得るものが失うものを上回り、パイを拡大することもでき、交渉が妥結する可能性が高まる。

「ゼロサム」交渉を脱却したこの2つの手法によって、トランプ大統領とペロシ下院議長の両者が支持基盤に勝利宣言を行うことが可能となろう。

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