幼少期に「冴えない子」の意外に明るい未来

「子育ての成果」を焦る親たちに伝えたい事実

また、幼少期の知り合いにMちゃんという女の子がいました。この子は、いつも起きているのか寝ているのかわからないような子で、ぼうっとしていました。当然、勉強もできなくて、運動も苦手でした。でも、その後、看護師になり、やがてある大きな病院の指導的立場の看護師として大活躍するようになりました。「あなたがあのMちゃんですか?」と聞いてみたくなるくらい大きく変貌しました。

私の教え子の女の子にもいます。彼女は子どものころ勉強はイマイチでした。大人になって仕事についてからも、どの仕事にもなじめず転職を繰り返しました。でも、30代後半に自分にぴったりの仕事に出会い、それから大活躍が始まりました。40代になって会社を設立し、今も自信を持って取り組んでいます。本人が言うには、「収入的には多くを望めない仕事だけど、自分の資質を活かせるので毎日楽しくてしょうがない」とのことです。

親としてできることは?

以上、いろいろな実例を挙げました。このように、子どものころパッとしなくても後で伸びることはよくあるのです。ですから、親も先生も子どもを長い目で見て待ってあげることが大切です。

目先のことにとらわれて、できないことを否定的に叱ってばかりいると、子どもは自己肯定感が持てなくなり、「自分はダメな人間だ。どうせ何をやってもうまくいくはずがない」と思い込むようになります。すると、後でやる気スイッチが入りそうな機会があっても、「やってみたいけど、どうせダメだろうな」ということで、スイッチを押せないままになってしまいます。

ですから、本人の資質を受け入れて自己肯定感を育てながら待つことが大事です。具体的には、苦手なことや短所には目をつむり、好きなことや長所を伸ばすことであり、よいところを見つけて褒めるということです。

実際、先ほど挙げた大器晩成の人たちも、よき理解者によって救われた例が多いです。エジソンには好きな科学実験がたっぷりできるように応援してくれた母親がいました。黒柳徹子さんにはトモエ学園の小林宗作先生。北原照久さんには母親と先生。岡本太郎には位上清先生です。

さて、最後にこれをお読みの読者の皆さん自身にも参考になる例をいくつか挙げたいと思います。『昆虫記』で有名なファーブルが、実際に『昆虫記』を書き始めたのは60歳からでした。カーネル・サンダースがケンタッキーフライドチキンのフランチャイズ事業を始めたのは62歳。綾小路きみまろがブレイクしたのは50歳を過ぎてから。伊能忠敬は51歳で江戸に出て天文学を学び始め、全国の地図を作り始めたのは、56歳からです。双子のおばあちゃんアイドルとして大ブレイクしたきんさんぎんさんも、ブレイクしたのは100歳です。

ということで、皆さんも、まだまだ発展途上であり、人生のお楽しみはこれからということで、大いにエンジョイしてほしいと思います。

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