前川喜平氏が憂慮する「安倍政権に蠢く野望」 戦前回帰の教育勅語がダメな理由を徹底解説

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安倍政権が目論む教育勅語復活は危険だ(写真:Kiyoshi Ota/Bloomberg via Getty Images)  
安倍晋三首相が政権復帰してから6年を迎えたが、文部科学省で事務次官を務めた前川喜平氏は安倍政権に蠢く教育勅語「再生」への野望を憂慮する。前川氏が全3回にわたって、なぜ教育勅語がダメなのか解説する。第1回のテーマは「教育勅語に込められた危険な思想」。

2018年10月に発足した安倍改造内閣の文部科学大臣に就任した柴山昌彦氏は、就任時の記者会見での質問に答えて、教育勅語には「普遍性を持っている部分」があり、「現代風に解釈」したり「アレンジ」したりすれば、「道徳に使うことのできる分野」があるという趣旨の発言をした。

「現代風」うんぬんは柴山氏オリジナルのレトリックだが、同様の発言はすでに2年半前に当時の下村博文文部科学大臣が行っていた。従来の文科省の姿勢を大きく変えるその発言は、2014年4月8日の参議院文教科学委員会の質疑の中で行われた。

国会の各委員会での質問は、通常前日の夜に役所の職員が質問議員のもとに出向き質問内容を聞き取るとともに、質問者の意向を踏まえて答弁者を大臣、副大臣、局長などと決める。その日の質問者であった自民党の和田政宗氏の質問の中に、教育勅語を学校の道徳教育の教材として使うべきではないか、という趣旨の質問があった。

下村博文氏が行った重大な方針転換

答弁者は局長とされていた。当時、私がその局長(初等中等教育局長)だった。

局内で作成した答弁は、過去の答弁にならい、「教育勅語を学校の教材として用いることは適切でない」という趣旨の答弁だった。質問当日の早朝に、大臣への答弁の説明が行われる。その日も大臣室で、前夜のうちに作成した大臣答弁を各局長が大臣に説明した。

局長答弁は通常、大臣へは説明しないのだが、その日の下村大臣は、この教育勅語に関する局長答弁がどうなっているか見せろと言った。そこでその答弁を見せたところ、次のように書き換えるよう命じられたのである。

「教育勅語には今日でも通用する普遍的な内容が含まれており、その点に着目して学校の教材として活用することは差し支えない」

それは重大な方針転換であった。委員会での実際のやり取りは次のようなものだ。

和田議員「私は、教育勅語について、学校、教育現場で活用すればとても良い道徳教育になると思いますが、アメリカ占領下の昭和23年に国会で排除決議や失効確認決議がなされています。こうした決議は関係なく、副読本や学校現場で活用できると考えますが、その見解でよろしいでしょうか」

前川局長「教育勅語は、明治23年以来、およそ半世紀にわたってわが国の教育の基本理念とされてきたものでございますが、戦後の諸改革の中で教育勅語をわが国の教育の唯一の根本理念とする考え方を改めるとともに、これを神格化するような取り扱いをしないこととされ、これに代わって教育基本法が制定されたという経緯がございます。

このような経緯に照らせば、教育勅語をわが国の教育の唯一の根本理念であるとするような指導を行うことは不適切であるというふうに考えますが、教育勅語の中には今日でも通用するような内容も含まれておりまして、これらの点に着目して学校で活用するということは考えられるというふうに考えております」

下村大臣「教育勅語の中身そのものについては今日でも通用する普遍的なものがあるわけでございまして、この点に着目して学校で教材として使う、教育勅語そのものではなくて、その中身ですね、それは差し支えないことであるというふうに思います」

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