「純烈」友井の発言がDV気質を強く物語るワケ 記者直撃と謝罪会見に見えた強すぎる自我

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自分にとって都合の悪いことを「済んでる話」と過去のことにするのもDV加害者に見られる特徴。「加害者はすぐに忘れてしまうが、被害者はずっと忘れられない」という残酷さの自覚がないところに危うさを感じます。

また、「納得しなかったら終わっていないですよね?」と語尾を疑問形にして相手に同意を呼びかけるのも、DV加害者に多い話し方。自分に都合の悪い話は「内容をすり替えてから、相手に同意を呼びかけて押し切ろう」と思っているのです。

「自分のペースで話を進めたがり、弱い立場になりそうなときは、何とか相手を丸め込もうとする」タイプの人は、DV加害者になる危険性があります。

丁寧な謝罪と無責任が混在する不思議

次に、謝罪会見でのコメントを振り返っていきます。

DV加害者が持つ最もわかりやすい特徴は、弱さや不安を隠すような自我の強さ。その発言には、「僕」「俺」「私」「自分」が多く、実際に友井さんも、「自分としましては」「僕の中で」「僕としましても」などと、被害者目線での言葉より、自身の目線から話してばかりいました。友井さんがどんなに丁寧な言葉遣いをしていても、謝罪の気持ちがなかなか伝わってこなかったのは、行為のひどさだけではなく、抑えきれない自我の強さが原因だったのです。

質疑応答の序盤で、「ワイドショーで見ながら『本当に情けないな』と思って。自分が有利になる言い方、ごまかすような生き方、それは本当に金輪際したくないので、今日は(会見で)話させていただきたいと思います」と話しました。

一見、「自らが徹底的に叩かれているワイドショーから目をそらさず見るなんて反省しているな」と思うかもしれませんが、その目線はすべて被害者の女性たちではなく自分。自我の強さは謝罪会見の場でも変わっていなかったのです。

さらに象徴的だったのは、引退や今後のことを尋ねられたとき。「一気に引退することになるが、本当にそれしかなかったのか?」という問いかけに友井さんは、「それは僕が決めることでは本当にないと思っていまして。素直に言わせてもらいますと、こういうこともあって、ステージに立って笑っていられる自分に自信がないです。立てないですよ」と返しました。

本来、これだけのことをした加害者なのですから、「自分に自信がないです。(ステージに)立てないですよ」ではなく、被害者やファンの視点からコメントするべきでしょう。まるで自分に言い聞かせるような諦めの言葉は、抑えきれない自我そのものであり、ひいては「それが損なわれそうなとき、誰にも牙をむく危険性のある人」とも言えます。

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