食品偽装 起こさないためのケーススタディ 新井ゆたか/中村啓一/神井弘之著 ~「政策の罠」の克服に「裸のつきあい」を提案
「官尊民卑」か「公務員バッシング」かにかかわらず、日本人は何かにつけて政府を頼るし、フラストレーションのはけ口を政府に求める傾向がある。国民が政府を自由に批判することは健全なことだが、政策に対する冷静な議論が忘却されることで、問題をさらに複雑化するという負の側面もある。
政策だけでは解決できない経済社会問題は山ほどある。個々人の自助努力や社会の協力があって初めて機能する政策もある。成熟した民主主義国家なら、過度に政府に期待せず、政策の限界を知ることは不可欠なことと言える。しかし、これがなかなか難しい。
現役農水官僚によって執筆された本書は、そんな「政策の罠」を考えるのに格好の書である。
本書が取り上げるのは、終わりを知らない食品偽装問題とその解決手段の一つとしての食品表示制度である。全体として食品表示制度の歴史から本来の目的まで網羅的に解説している。
注目したいのは第6章以降である。「政府が全面的に食品偽装の責任を負え」という強い世論に正論をぶつけるかのように、食品表示制度の限界をあえて認めるとともに、より安全な食品を消費者が納得して購入するために、事業者・消費者を巻き込んだ「フード・コミュニケーション・プロジェクト」を提案している。
著者の主張を簡略にまとめると、JAS法による食品表示制度の目的は、あくまで食品の名称、原材料、原産地などの品質に関する事項を知らせ、消費者の判断の拠り所を提供することであり、食の安全確保とは必ずしも直接の関係がないということである。政策の本来の目的・限界がマスコミの過剰報道で忘却されているのである。
この問題に対して、著者が提案するのが「フード・コミュニケーション・プロジェクト」である。このプロジェクトは、食品事業者が自らの企業活動を公開し、消費者がその会社の行動を評価して、食品購入や投資を行うような体制を築こうというものである。消費者の声が事業者にフィードバックされることで、食品事業者の改善に結びつく仕組みをつくる。そんな事業者と消費者の「裸のつきあい」のサイクルを通じて、相互の信頼や食品の品質を高めていこうというのが目的である。
政策とは政府だけで実行するものではなく、住民・企業などさまざまな主体が絡んだものだし、マスコミ受けを狙う政治家が述べるほど、短期間でその効果が直接表れるわけでもない。政策は元来、複雑で曖昧な面があり、効果を発揮するまでには時間を要するということを考えさせてくれる良書である。
あらい・ゆたか
農林水産省消費・安全局表示・規格課長。1987年農林水産省入省。2006年10月より現職。
なかむら・けいいち
農林水産省消費・安全局表示・規格課食品表示・規格監視室長。1968年農林省入省。2005年4月より現職。
かみい・ひろゆき
農林水産省消費・安全局表示・規格課フード・コミュニケーション・プロジェクトチームリーダー。1991年農林水産省入省。2008年4月より現職。
ぎょうせい 2500円 262ページ
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