年金の検証、またも安倍内閣の鬼門になるか 今こそ給付減、負担増の心地よくない政策を

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この楽観的な経済前提をメインシナリオとして、2014年の財政検証は、将来的に所得代替率が50.6~51.0%で安定しつつ、100年後でも年金積立金は枯渇しないことが確認される結果となった。

ただ、厚生労働省の官僚の良心というべきか、保守的な経済前提での検証結果も同時に公表した。保守的な経済前提の下では、2050年代に年金積立金が枯渇して、完全賦課方式の年金になり、所得代替率が35~37%になるという結果を示した。

ここで注意したいのは、年金積立金が枯渇しても、年金財政が破綻するわけではないということだ。積立金を取り崩して給付を増やすということができず、その年に得た年金保険料収入を、直ちにその年の年金給付に充てるという完全賦課方式年金に、姿を変えるだけである。ただ、年金積立金を取り崩して給付するということができない分、給付水準は下がる。しかも、所得代替率が50%を下回るという結果が、2014年には示されているのだ。目立たないように公表していたが、厚生労働省が隠したわけではない。ただ、これはメインシナリオではないから、給付と負担のあり方を見直して所定の措置を講じるということにまでは至らなかった。

それから5年たった今年。2019年の財政検証では、楽観的な経済前提を置いて、所得代替率が50%を維持できるような給付が出せて、かつ100年後でも年金積立金は枯渇しないという結果を公表しても、それでお茶を濁せはしない。過去2回の検証の経験を知っているだけに、楽観的な経済前提で「100年安心」といわれても、問題の先送りをしていると批判されるだけである。

マクロ経済スライドの発動は過去1回のみ

2014年の財政検証の後、年金財政をめぐり、どんな出来事があったかを確認しておこう。2018年6月に公表された社会保障審議会年金数理部会「公的年金財政状況報告(平成28年度)」によると、2014~2016年の3年間で、物価上昇率も名目賃金上昇率も、2014年検証の想定より大きく下回ったが、実質賃金上昇率は楽観的な経済前提と保守的な経済前提の中間だった。その結果、年金給付は想定よりあまり増えず、年金財政の改善要因となった。ただし、マクロ経済スライドは、2015年の1度しか発動されなかったため、その分、給付は抑制できず、年金財政の悪化要因となった。

これらを上回って最大の影響を与えたのは、年金積立金の運用益である。名目運用利回りが想定より大きく上回った結果、年金積立金が想定より増えた。確かに、第2次安倍内閣以降の株価上昇が追い風となった。

ただ、年金給付の財源は、その年の保険料収入と税財源で9割程度が賄われており、年金積立金から得られる財源は1割程度である。だから、年金積立金の運用益ばかりに依存していては、年金給付水準を維持できない。物価や賃金の動向をより的確に見通しながら、年金財政を持続可能にしていかなければならない。

さらにいえば、我々の老後の安心を担保するには、年金財政を物価や賃金などの景気頼みで維持するわけにはいかない。必要な制度改正を行って、年金の給付と負担のバランスをいかにうまく調整するかが重要である。年金財政の持続可能性を制度的に担保できれば、多少景況が悪化しようが、年金財政に重大な支障をきたすことはなく、年金不信を払拭できる。

年金財政の持続可能性を制度的に担保するための制度改正とは、(相対的に)過剰に給付している高齢者には給付を適切に抑制することや、年金保険料や税財源を負担できる人には適度に負担してもらうことが含まれている。受益と負担の世代間格差を是正するためには避けて通れない。給付減や負担増という聞き心地のよくない方策を、政治家は国民にしっかりと説得しないといけない。

具体策としては、本連載の拙稿「働く人が減れば生産性は向上、賃金も上がる」で詳述したように、保守的な経済前提の下でも年金積立金が2050年代に枯渇することを避けるために、賃金上昇率が低い年でもマクロ経済スライドが毎年発動(フル発動)されるようにして、給付を抑制することなどがある。

具体的な改革策の必要性を覆い隠すような財政検証の結果を示しても、国民のためにならない。2019年の財政検証こそ、年金不信を払拭するものにしなければならない。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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