新春にガツンと「レット・イット・ブリード」 ザ・ローリング・ストーンズの過激な時代

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そして、ミック・ジャガーが「嵐が迫っている」と歌い始めます。嵐や炎やレイプや殺人がわれわれに襲いかかる、シェルターがなければ耐えられないと訴えます。ベトナム戦争などの世界を覆う厄災が意識されています。ミック・ジャガーの尖がった声とメリー・クレイトンの黒人ならではのソウルフルにして透明感のある声が重なる時、この曲のメッセージが直裁に迫ります。間奏部でミックが吹く重いハーモニカもまた時代の空気を代弁しているかのようです。

そして、アルバムの最終的な印象を決めるのは最後の曲です。それは、食事でも似ています。メイン・コースで舌鼓を打った後のデザートが決め手だったりします。『レット・イット・ブリード』を締めくくるのは、この音盤のベスト・トラックです。

邦題は「無情の世界」ですが、これではビクトル・ユーゴーの「ああ無情」みたいで、原題「You Can’t Always Get What You Want」の意図が伝わりません。要するに、欲しいものがつねに手に入るわけではないけれど、頑張れば必要なものは得られるのだ、という地味ながら人生の真理を歌っているのです。実は、国家間の紛争についての含意があるというと言いすぎでしょうか。

7分30秒の長尺も短く感じる傑作

この曲は、ロンドン・バッハ合唱団のアカペラによる混声コーラスから始まります。ここの部分だけ聴いていれば賛美歌のようです。やがて、生ギターに導かれフレンチ・ホーンが厳かな印象でミックの独唱に橋渡しします。そして、バンドが加わり、ビート感が加速します。特筆すべきはオルガンの効果的使用です。コーラスとオルガンが溶け合うことで教会のゴスペルを思わせる雰囲気が醸成されて、歌詞がいっそう胸に迫ります。

この曲は、非常にドラマチックに展開して7分30秒の長尺の曲に仕上がっています。が、聴き始めるとあっという間に終わるように感じさせる力があります。これまでストーンズは500を超える曲を発表してますが、これこそ最高傑作の1つです。ライブでも頻繁に取り上げています。それでも、このスタジオ録音に勝るものはありません。この曲を聴くためだけでも『レット・イット・ブリード』を入手する価値ありです。

もう1曲だけ特筆したいのが2曲目の「むなしき愛」です。この音盤で唯一のカバーです。オリジナルは、ロバート・ジョンソンです。ギターの秘技を得るため悪魔に魂を売ったという伝説のあるブルース・ギター奏者にして作曲家の隠れた名曲です。

実は、ミック・ジャガーとキース・リチャーズはソング・ライターとしてアルバムすべてをオリジナル曲で固めるだけの確固たる力量を有していました。が、ロバジョンの原曲をストーンズ流のブルースに徹底的に編曲し直しています。誰の曲だってオレたちが演れば、ストーンズの曲になるのだ、という自信の表れでしょう。また、この音盤のカラフルな多様性の一翼も担っています。

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