「つなぎ慣れていないせいか、父が母の手首を持って、まるで“連行”していくようにも見えました。なので、私が『お互いの手の指と指を交互に差し入れて、恋人つなぎにしてあげて』と、父には伝えました」
よく晴れた空の下で夫婦の、そして聖子も交えた親子3人の初々しい手つなぎ散歩の写真が、何枚も残っている。一連の潔い終活とは一見不釣り合いな玲子のつかの間の、ほがらかな笑顔がそこにある。
触れることでお互いに通じ合うものがある
今井は以前、意思の疎通が難しい高齢者が多い介護療養型病院に約13年間勤務。当時は病院から次第に足が遠のく家族に時々電話をかけては、「今日、少し目を開かれましたよ。今度は、いつごろお見舞いに来られますか?」などと伝えて、来院を地道にうながしていた。
実際に見舞いに来た家族の手で触れられると、患者の表情がやわらいだり、なぜか発熱までしたりするのを今井は何度も見てきた。言葉以上に、触れることでお互いに通じ合うものが確かにあると彼女は強調する。
それが、冒頭の玲子と康弘にスキンシップをうながした理由でもある。
「でも、前職では仕事に忙殺され、患者さんに寄り添うケアまで手が回らず、ナースステーションで患者さんたちの心電図を見ながら、別の仕事をしていたのが現状でした」
2017年1月、今井は200人以上を抱きしめて看取ってきた、柴田久美子(日本看取り士会会長)の講演を聞いて心が震えたという。
「抱きしめて看取るなんて、病院ではありえないことなので驚きました。だけど、それが本当だなとも直感したんです。だって子どもも生まれてくると親に抱かれるわけですから、親を看取るときはその逆もありだなと」
触れ合うことの雄弁さを熟知する、今井ならではの感受性と言える。
しかし、前職の病院では、亡くなった親の身づくろいに今井が誘っても、約9割の家族は手を出そうとはしなかった。入院手続き以降は顔を見せず、亡くなったと知らせてもすぐに来ない家族や、なかなか連絡がつかない家族もいた。
彼女は看取り士資格を取得後、もっと高齢者の役に立ちたいと、2017年6月から東京都多摩市にある訪問看護ステーションで働いている。
話を戻すと、今井が担当する山岸夫妻の楽しい日々は長続きしなかった。脳腫瘍が進行し、自宅トイレの場所さえわからなくなっていったからだ。
「リビングからトイレへ誘導する大きな矢印を紙に書いて、ご主人に壁に貼ってもらったりしました。深夜にトイレに行けば、ノートに簡単なメモを書いてもらっていましたが、その字が次第に読めないものになっていきました。以前は達筆だった方なので、おつらかったでしょうね」(今井)
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