「認知症」の人と会話がギクシャクする背景 社会的認知が低下するとはどういうことか

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たとえば、「犯人を泳がせる」と言うと、プールで泳がせることだと思ったりします。してほしくないことをされそうになって、断る意味で「いいわ」と言っても、声のトーンなどから相手の心を推察することができず、嫌がることをしてしまったりもします。 他者の表情を読むことも難しくなります。

ただし、表情によって読み取りにくくなる度合いには差があります。認知症になると、怒り、悲しみ、恐怖を読み取る力は顕著に低下しますが、嫌悪と驚きはさほどでもなく、喜びはほとんどの人が読み取ることができるのです。

認知症の人は、相手が怒っていたり、悲しんでいたり、恐怖を感じていたりしてもよくわからないものの、嫌悪を感じたり、驚いたり、喜んでいたりするのは、ほぼわかるということです。ということは、認知症の人の言動に対して、こちらが怒ったり悲しんだりしてもあまり伝わらず、嫌悪感をあらわにすると、それは読み取られてしまうということ。

「どうしてわかってくれないんだ」とか、「これほど心配しているのに」といった怒りや悲しみは伝わらず、「もうウンザリだ」といった嫌悪感はしっかり伝わってしまいます。 その結果、介護する人は「自分の気持ちをわかってもらえない」と感じ、認知症の人は「自分は嫌われている」と感じ、関係がギクシャクしてしまうのです。

社会的認知が低下すると、やがて他者には自分と異なる心のあることが、わからなくなっていきます。 私たちは、他者には他者の心があって、自分の心とは異なることを知っています。自分の思っていることと、ほかの人の思っていることは、同じではないということです。

「そんなことは当たり前じゃないか」と思われるかもしれませんが、そうでもありません。他者には自分と異なる心があることを理解し、他者の心の動きを推察することを、心理学では「心の理論」と呼びますが、心の理論が発達するのは4〜5歳になってからで、それまでは自分の心と他者の心の区別がつかないのです。

また、自閉症など発達障害のある人や認知症の人も、心の理論がうまく働きません。

心の理論が働かないとは、具体的にどういうことかというと、以下のような課題を見るとわかりやすいかもしれません(「サリーとアン課題」を改変)。

男の子と女の子が、部屋の中でボール遊びをしています。しばらくして、男の子がボールを青い箱に入れてふたを閉め、部屋から出ていきました。すると、女の子がボールを青い箱から取り出し、赤い箱に入れてふたを閉めました。そのあとで部屋に戻った男の子は、ボールを取り出そうとして、どの箱を開けたでしょうか。

答えは「青」です。「青」と答えられるのは、「女の子がボールを赤い箱に移したことを知らないため、自分が入れた青い箱にボールがあると思っている」という男の子の心を推察することができるからです。

ところが、心の理論がうまく働かないと、自分と他者(男の子)の心の区別がつかず、自分が知っていること(ボールは赤い箱の中)を答えるのです。 現実の場面では、たとえば自分がしたくてしたことを、ほかの人がイヤだと思っているかもしれないと、推測することができません。

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