「認知症」の人と会話がギクシャクする背景 社会的認知が低下するとはどういうことか
そのため、エレベーターを待って大勢の人が並んでいるところに、あとから来たのに順番を無視して先に乗り込み、ほかの人が嫌な顔をしても平気でいる、といったことが起こります。 このような行為を、社会的認知の低下が原因だと捉えるのはとても難しく、多くの場合「自分勝手な人だ」とか、「図々しい人だ」と思われてしまいます。
その結果、周囲の人たちとけんかになったり敬遠されたりして、誰も話し相手にならない、近寄っていくと避けられる、といった状況に陥ります。コミュニケーションがズレるどころか、成り立たなくなってしまうのです。
認知症の人は他者との関係をどう捉えているか
認知症の人が、明らかにおかしな行動をとれば、それが認知症のせいだとわかります。けれども実際には、どことなく変だけれど、なぜ変なのかよくわからない、といった行動をとることがしばしばあります。これは実際にあった、私の祖母の話です。 私が小学生だった頃のことです。
認知症だった祖母が、夜中に起き出し、みそ汁の残りが入っていた鍋を火にかけて、そのまま寝てしまったことがありました。鍋の焦げる臭いに母が気づき、危うく消し止めたため、大事に至らずに済みましたが、台所にはもうもうと煙が立ち込めています。 驚いた母は祖母を起こし、「なんでこんなことをしたの? 火事になったらどうするのよ、お鍋が真っ黒じゃないの!」と、叱責しました。
祖母は自分のしたことを覚えていないようで、キョトンとしていましたが、翌日出かけて迷子になりました。近所の荒物屋へ鍋を買いに行き、帰り道がわからなくなったのです。 鍋が黒焦げになって使えないから、新しい鍋を買いに行く。一見おかしなところはないようですが、母の気持ちを考えれば、祖母のとるべき行動は、鍋を買いに行くことではないはずです。
「ごめんね。もうしないから」と、謝ることではないでしょうか。
しかし祖母は、母の「もう少し気づくのが遅かったら、どうなっていたことか」という恐怖や、キョトンとした様子の祖母に対する怒り、祖母の行動に責任を持たなければならないことへの重圧、実母の認知症が進んでいることへの悲しみ、将来への不安など、さまざまに交錯した感情を読むことができませんでした。
そして、「鍋が真っ黒」という言葉の表面だけを捉えて、新しい鍋を買いに行ったのです。
しかも、帰り道がわからず迷子になることで、母の心労をよけい増やしてしまいました。
祖母は、社会的認知の低下によって、母の気持ちを推察できず、適切な行動をとることができなかったのです。 ここまで読んだ方は、「ああ、お母さんは大変だったんだな」と、思ったのではないでしょうか。母は、本当に大変だったと思います。
しかし母は、認知症の祖母に怒りをぶつけることで、ただでさえ不安な祖母を、さらに不安にしてしまいました。 夜中に起こされたとき、おそらく祖母は、今が夜なのか朝なのかもわかっていなかったと思います。自分が鍋を火にかけたことも、覚えていません。祖母の立場に立てば、寝ているのにたたき起こされて、身に覚えのないことで責められるという、理不尽な目に遭っているのです。
それでも鍋を買いに行ったのは、日頃自分が娘の世話になっているという自覚があったからでしょう。「身に覚えはないけれど、娘が怒っているのだから、鍋を買いに行こう」と。そして鍋を買いに行き、迷子になって、祖母自身もさらに不安を募らせてしまいました。母もまた、祖母の気持ちを推察して適切な行動をとることが、できなかったのです。
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