「外国人労働者の医療問題」を未然に防ぐ方法 健康保険の悪用はどれだけ存在するのか

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放置すれば死に至る可能性がある患者を目の前にして、医療機関は治療を拒めない。支払えそうもないからといって医療機関が診療を忌避して押しつけ合うようになると、病人はより重症化してしまい、損失はさらに大きな額となる。こうした健康保険のない外国人の治療で医療機関が被った損失は当時、筆者の試算では年に数億円を超えていたと考えられる。

外国人の労働力に頼りながら、健康保険という必要な社会保障を提供しなかったためにそのしわ寄せが外国人自身と医療機関にきていた。そこで、こうした事例が集中した東京・神奈川・群馬などでは、損失を被った病院を救済するために自治体が医療機関の損失を穴埋めする制度を作らざるをえなかった。

もちろん、この制度は外国人の支払いを肩代わりするわけではない。やむをえない理由で病院が損失をうけた場合に、自治体がその一部を補填するものである。本人が支払えないかどうか厳しく審査され、患者が旅行者だった場合や支払い能力があれば補填はされない。金額も1件当たり100万円と上限があり、十分なものではない。

1993年に神奈川県でこの制度が作られた際は、医療費を払えない外国人が他県からも流入して、財政上大きな負担になるのではないかという懸念があった。では、その後どうなったのか。

外国人の医療対応には通訳の機能が重要

この制度で神奈川県から病院に支払われた費用の推移を確認すると、1993年に制度ができてから数年間は、在留資格のない外国人の数が減少傾向であったにもかかわらず、じりじりと増加していった。ところが、2002年をピークに大きく減少に転じ、直近4年間の平均は19万円とピーク時の100分の1程度まで減少している。つまり、外国人労働者による医療費の未払いは劇的に減ったのである。

なぜ、2002年を境に医療費の未払いが減少したのか。

実は2002年から、神奈川県で医療通訳の派遣制度が始まっている。筆者はこれが外国人医療に大きく貢献したと考えている。2002年に年間310件で開始され、現在は69の県内の主要な病院の求めにより医療通訳を派遣し、その数は年7000件を超えている。

未払い医療費がこの間減少した理由には、在留資格がない外国人の数が減少したことも大きい。その数は2002年から現在までに3分の1に減少したのに対して、未払い医療費の額は、100分の1以下に減少している。これだけ劇的な減少となった理由は、通訳が入ることで外国人の患者が早めに病院に行くようになったこと、病院の医師も言葉がわかるので早めに診断でき、結果として医療費が少なくて済むようになったことが大きいだろう。

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