それでも倒産を免れることができた唯一の支えが、ウルトラマングッズなどから上がるロイヤルティ収入だ。銀行もその資産価値を信用して資金を貸し付けた。「円谷プロを経営していたのは、人間ではなくウルトラマン」。TYOの吉田社長やウルトラマングッズを販売してきたバンダイ幹部は口をそろえる。
だが、ずさんな経営は長くは続かない。2004年の「ウルトラマンネクサス」放送を機に、状況はみるみる悪化する。新たなウルトラマン像を模索し、ストーリー重視で戦闘シーンを少なくするなど、時代を見越した新たな試みに出たが、メインの支持層である子供には不評で、視聴率は低迷。ネクサスはシリーズ初の放送打ち切りという不名誉に甘んじたのだ。グッズも売れず、円谷プロは資金繰りに窮していった。
経営体制も混乱した。03年に社長に就任した円谷昌弘氏が社員へのセクハラ問題で退任。後を引き継いだ円谷英明氏も1年で辞め、外部から招聘された大山茂樹氏は、大規模なリストラ案を主張したが、会長だった一夫氏の拒否で解任された。そして一夫氏が社長に復帰。円谷プロの取引先の幹部は「社長が替わるたびに経営方針も変わるため、こちらも対応に苦労した」と話す。
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