「ウルトラマン」は迷走から脱却できるのか 新生円谷プロ「再出発」への軌跡

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それでも倒産を免れることができた唯一の支えが、ウルトラマングッズなどから上がるロイヤルティ収入だ。銀行もその資産価値を信用して資金を貸し付けた。「円谷プロを経営していたのは、人間ではなくウルトラマン」。TYOの吉田社長やウルトラマングッズを販売してきたバンダイ幹部は口をそろえる。

だが、ずさんな経営は長くは続かない。2004年の「ウルトラマンネクサス」放送を機に、状況はみるみる悪化する。新たなウルトラマン像を模索し、ストーリー重視で戦闘シーンを少なくするなど、時代を見越した新たな試みに出たが、メインの支持層である子供には不評で、視聴率は低迷。ネクサスはシリーズ初の放送打ち切りという不名誉に甘んじたのだ。グッズも売れず、円谷プロは資金繰りに窮していった。

経営体制も混乱した。03年に社長に就任した円谷昌弘氏が社員へのセクハラ問題で退任。後を引き継いだ円谷英明氏も1年で辞め、外部から招聘された大山茂樹氏は、大規模なリストラ案を主張したが、会長だった一夫氏の拒否で解任された。そして一夫氏が社長に復帰。円谷プロの取引先の幹部は「社長が替わるたびに経営方針も変わるため、こちらも対応に苦労した」と話す。

この醜態に愛想を尽かしたのが銀行だった。数十億円にも上る融資の全額返済を求めたのである。経営危機にあった円谷プロにそんなカネがあるはずがない。そこで当時、円谷プロの非常勤役員だった森島恒行氏が救済を頼んだのが、以前から親交のあったTYOの吉田社長だった。

怒号飛び交う大改革 試される自立への道

ここまで落ちぶれたか--。かつて円谷プロの親会社に在籍したこともある吉田社長は、債務超過にあえいでいた古巣に対し、やりきれない思いを抱いていた。買収に当たり、吉田氏が突きつけた条件。それは、一夫氏をはじめとする取締役全員の退任だ。経営から円谷一族の影響力を排除したのだ。首の回らない一夫氏は応じるしかなかった。ちなみに、円谷プロ買収に当たりTYOが投じた金額はわずか8000万円だった。

TYOが再生に向け、最初に断行したのが大規模なリストラだ。80人以上いた社員を半分近くまで削減。残った者にも厳しく対処した。長い間のぬるま湯でしみ付いた惰性や怠慢には、時に怒鳴り声を上げ、収益を上げるためにどうすればいいのか、一人ひとりに意識改革を求めた。

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