英国、EUから「合意なき離脱」のリスク高まる メイ首相を離脱強硬派と親EU派の双方が批判

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最大野党である労働党は、EUとの将来関係がなるべく現状に近くなる、いわゆる「ソフト・ブレグジット」を志向し、離脱協定合意に反対している。ジェレミー・コービン党首など党執行部は、ブレグジット自体は認めているものの、目指すブレグジットの6条件を掲げており、その中には「ブレグジット後もEU単一市場と関税同盟に参加している現状とまったく同じ便益がもたらされること」という内容が含まれている。EU関税同盟への参加を一時的なものにとどめ、単一市場からの離脱を前提とした離脱協定合意ではこの条件を満たせない。

なお、労働党内にも党執行部の方針に反対するEU懐疑的な議員はおり、メイ政権にとって切り崩しの余地はある。しかし、過去の投票行動からみる限りその議員数は多くとも10名前後との見方が多い。

スコットランド民族党(SNP)や自由民主党(LibDem)といった勢力は、国民投票のやり直しを狙っている。下院で離脱協定合意の承認を求める政府動議が否決されれば解散総選挙となり、親EU政権の下で再国民投票を実施する可能性が生まれるのではないかと考えているのだ。

離脱協定の否決で何が起こるか?

仮に離脱協定合意が下院で否決された場合、何が起こるのか。EU離脱法第13条4項で定められた手続きとしては、下院で政府の動議が否決された場合、政府は21日以内に今後の方針に関する声明文を発表し、その後7日以内に新たな方針の承認を求める動議を提出しなければならない。

新方針は、大別すれば英国とEUが再交渉をするか、再交渉をせずに交渉打ち切りを決めるかの二択になる。再交渉の場合、アイルランド島の国境問題に関して保守党のEU離脱強硬派やDUPが納得できるだけの妥協をメイ政権がEUから引き出せるかがカギを握るが、その道筋は見えない。メイ政権が労働党など野党の要求に沿うようなソフトなブレグジットに大きく舵を切るという選択肢もあるが、これまでの交渉方針を根底から覆すもので、メイ政権下での実現可能性は低い。

メイ首相には交渉打ち切りという選択肢もある。しかし、離脱協定を結ばないままに交渉を打ち切ることは、合意なき離脱に伴う経済や社会の混乱を懸念する野党や与党内の穏健離脱派の賛同を得られない。打ち切りの場合でもEU離脱法上は議会の承認を得る必要がある。野党と保守党の穏健離脱派議員の反対により、メイ首相が下院で過半の支持を得るのは難しい。

下院承認が否決された時点でメイ首相が辞任する可能性もある。この場合、保守党は党首選を行う必要が出てくる。後任首相はEU離脱強硬派の議員の中から選ばれよう。新首相は交渉打ち切りを視野に入れEUと強気な交渉を行うかもしれない。アイルランド島の国境問題については、IT技術を駆使した通関手続きの円滑化による解決策が再度模索される可能性があるが、EU側はこれを従来より認めていない。

そもそも党首選は数週間から2カ月程度のプロセスを要し、3月29日の離脱期限までの貴重な時間の多くが失われてしまう。EU条約第50条に基づいて離脱期限を延長するにしても、それにはEU全加盟国の同意が必要であり、やはり時間が必要だ。交渉がまとまらなければ、時間切れにより「ノー・ディール・ブレグジット(合意なき離脱)」に陥るリスクが高まる。

吉田 健一郎 みずほ総合研究所 上席主任エコノミスト

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よしだ けんいちろう / Kenichiro Yoshida

1996年一橋大学商学部卒、富士銀行(現みずほ銀行)入行。対顧客為替ディーラーとして勤務の後、2004年からみずほ総合研究所に出向。20089月よりロンドン事務所長、201410月より現職。ロンドン大学修士(経済学)。著書に『オイル&マネー』(共著、エネルギーフォーラム社)、『迷走するグローバルマネーとSWF』(共著、東洋経済新報社)など。

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