EU離脱で英国メイ首相の挑む「最後の戦い」 EUと合意も、議会承認までは市場も不安定に

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ちなみに、こうした「移行期間で合意が得られない場合、ハードボーダー問題をどう回避すべきか」という対策は交渉においてバックストップ(安全策)と呼ばれてきた。今回の「2021年以降も英国全土が関税同盟に残る(ことによってハードボーダーは復活せず)」というバックストップ案は英国の主張してきたものだった。これに対しEUのバックストップ案は北アイルランドのみを関税同盟に部分残留させ、英国は完全離脱させるという主張だった。英国側(厳密には連立の一角を占める北アイルランドの民主統合党)は国の分断を嫌気し、これを拒んできた経緯がある。

とはいえ、成立し得る「将来の関係」においてハードボーダーをいかに除去できるのかは今後の課題として残り、まずは当面の危機を回避したにすぎない。ちなみに英国案、EU案のほかにも「全加盟国で同意して離脱期限自体を2019年3月29日から延長する」という方法もバックストップとして考えられるが、とても反対派はのめないだろう。

離脱強硬派が市場揺さぶるチキンレース

しかし、すでに報じられているように、こうした合意は離脱強硬派にとっては受け入れがたいものである。期限が明示されない中で「実質的には離脱していない」という状況を続けるのだから当然であろう。例えば、関税同盟からの離脱をもって自由に第三国との通商協定を締結できるようになる(その際、EU規制からも自由になる)という離脱のメリットは当面、放棄されてしまうことになる。そうした通商交渉の権限が制限されることを平然と受け入れたことについてメイ首相への反感は小さくないものになるはずである。

ほかにも、関税同盟に残留する以上、各種経済活動にはEU規制が有効となるため、英国独自の基準をもって生産・販売などはできないなどのデメリットが生じることになる。

また、今回の合意ではこのEU規制について、北アイルランドだけはその他英国(イングランド、ウェールズ、スコットランド)よりも厳しいものが適用されることになっている。この点、保守党と連立を組み、英国本土との統一感を重視する北アイルランドの民主統合党(DUP)が妥協する可能性は高いとは言えない。仮に連立から離脱するようなことがあれば政権の瓦解という話にもなる。

12月13~14日のEU首脳会議や英議会の承認期限(2019年1月21日)まではまだ余裕があるため、おそらく当面は離脱強硬派のかたくなな反対がヘッドラインで報じられ、これが英ポンド相場を押し下げる可能性を警戒すべきだろう。しかし、ハードボーダー復活を含むクリフエッジの招来は英国もEUも望んでいないため、ギリギリまでチキンレースを続けたうえで英議会承認期限の直前に合意というシナリオが最もありそうな展開と予想する。

※本記事は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学経済学部卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会経済金融総局(ベルギー)を経て2008年よりみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。著書に『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経BP社、2024年7月)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(日経BP社、2022年9月)、『アフター・メルケル 「最強」の次にあるもの』(日経BP社、2021年12月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、2017年11月)、『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、2014年7月)、など。TV出演:テレビ東京『モーニングサテライト』など。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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