市場の信頼が失墜した今、混合型の資本主義に期待--ラウディシナ=A.T.カーニーCEO

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--米国の国力が減退し、世界は多極化してきています。今後、新しい世界経済の秩序はどう作られていくのでしょう。

それは、まだわからないが、あえて臆測すれば、一国支配ではなくなると思う。第2次大戦後にブレトンウッズ体制が確立し、現在へと至っている。このような体制はもはや適切ではないにもかかわらず、代替する枠組みができていない。市場の信頼が失墜している現在、大戦後にできた自由化の体制は終わりを迎えている、と言わざるをえない。

--新しい秩序を構成するプレーヤーが、G20のように新興国も含めた形になると、成長規模も改革スピードも低下する危険があります。

その危険はある。中国は単一の政治権力で決断したから、実行も速くなり、経済成長も実現できた。少なくともプレーヤーが多いインドとの対比では言える。これからG3やG7ではなく、G20あるいはそれ以上になるかもしれないが、プレーヤーの数が多く複雑になれば、どうしてもスピードが犠牲になる。

--景気が悪化する中で、米国も欧州も保護主義に向かうのではないかという懸念があります。

大恐慌の翌年、輸入品に高い関税をかけるスムート・ホーリー法を制定したため、リセッションはさらに深刻になった。今回も同じ危険性がある。政策立案者が過去の教訓を学び、過ちを繰り返さないことを願うばかりだ。しかし、すでに貿易量は大幅に減少している。貿易量の急減で、BDI(バルチック海運指数)が98%下落しているのだ。他の統計はまだ出そろっていないが、少なくとも先行指標の一つとして、貿易量といったものが下がり始めた。

また、失業率も高い。米国では、新たな失業給付金の申請者数が16年ぶりの高水準となっている。このことも危機がまだまだ底を打っていないことを証明している。失業率が高くなり、景気が停滞する中、政治家は、自由化を進めるよりは保護貿易主義に走るほうがはるかに楽だと判断してしまいがちだ。

--世界経済全体の観点から、来年を象徴するキーワードやポイントはどういうものになるでしょう。

キーワードとして「コンプレクシティ(=複雑になる)」「リーダーシップ」「バルネラビリティ(=脆弱性)」。そして新たに「オポチュニティ(=チャンス)」もある。

好材料はいくつかある。一つは政府や中央銀行がより短期かつ、調整のとれた形で、金融政策の緩和や財政刺激策を出したことだ。二つ目は新興国がかなりの経常黒字によって、高い外貨準備高を有していこと。その流動性資金を、SWFなどを通じて供与することが可能だ。三つ目として、世界経済はWTOなどを通じて、多くの地域貿易の枠組みが設定されている。30年代と比べ、はるかに自由化されている。四つ目は原油価格の下落。7月に145ドルだったが、10月には50ドル以下となった。

これらは明らかに世界経済に対する刺激要因だろう。失業率は上昇する懸念はあるが、企業が過去に例を見ないほど潤沢な現金を保有しており、破綻はそれほど多くはないだろう。この10年、ノンストップでリストラを図ったため、減量経済体制ができている。過去よりも危機に対する備えができているといえる。

--資本主義の大きな枠組みが変わる中で、米国の大統領にオバマ氏が就任しますが、この人が登場した意味をどう考えますか。

大きな意味があると思う。「信じられる変革」という彼のスローガンの中に、大事なキーワードがある。「変化」は、まさしくわれわれが求めているもの。今は「信頼」が失墜している。ほかにもいろんな意味がある。マスコミは人種的な点に注目しているが、もっと重要な点として、デジタル化の後に生まれた初の大統領ということだ。デジタル化の始まりを、トランジスタが発明された1947年とするなら、それ以降に生まれたオバマ氏は、考え方もバックグラウンドも違っている。また、アジアなど国外で長期間居住してきた初の大統領でもある。だから、今までの大統領とは違う視点を持ち込むのではないかと思っている。

--オバマ氏は黒人初の大統領に就任するが、世界の人種差別問題や民族問題といったものに、どう影響していくと思われますか。

よりよい影響が出るだろう。大半のアメリカ人が長年の人種差別を克服し、オバマ氏を大統領として選出したこと自体に意味がある。人種、民族、宗教、言語といったバリアを乗り越え、一国の最高のポストに就くことができるということを示した。また、シンボルとしてもジョージ・ウォーカー・ブッシュからバラク・フセイン・オバマへと大統領が変わることは大きな意味がある。

--期待が高すぎるので、オバマ陣営は「クール エクスペクテーション=期待を冷ます」に躍起になっています。彼は金融危機を本当に克服できるのでしょうか。

期待のすべてを実行できるかというと、はなはだ疑問だ。なぜなら、あまりにも多くのことをオバマ氏に期待しているからだ。フィナンシャル・タイムズにはオバマ氏は少なくとも、リンカーンやフランクリン・ルーズベルトと同じくらいの実力を発揮しなくてはいけないと書かれていた。しかし、オバマ氏に期待していることは、再び信頼を醸成し、人々が信じる力を甦らせるということ。彼はそれを約束して実行していく。それこそが、彼が米国に対しての最も大きな約束であり、それこそが彼自身の大きな挑戦だと思う。

--米国型の資本主義は終わったと言ってよいのでしょうか。今後、より洗練された資本主義が生まれるのでしょうか。

より混合型の資本主義が生まれるだろう。大恐慌後、米国ではルーズベルト大統領により、社会のセーフティネットが講じられた。もし策が講じられなかったなら、米国も社会主義国になっていたかもしれない。

今後、世界においてグローバルなレベルでのセーフティネットの構築が必要だ。規制が少ない経済にとって、それを補う形でのセーフティネットを構築すべきだろう。世界のリーダーが苦労を要するかもしれないが、それができたなら、次の段階のグローバル化にも移行できるし、次の段階の経済発展・統合にも行き着くことができる。

だからこそ、オバマ氏が大統領に選出された意味が大きい。多民族が共に暮らしていく世界を統治していける能力のある人が、大統領に就任したといえるからだ。

--日本の競争力が低迷しています。何かアドバイスはありますか。

日本はリスクを回避する傾向がある。日本は、リスクが少なく、そしてミステリーがなくなる状況まで、待っている。だから、タイミングがいつも遅すぎた。しかし、最近の日本の企業はかなりよい状況になってきた。キャッシュも潤沢で、グローバルな視点もある。長いリセッションから脱却し、リストラも完了している。さらなる成長と、市場のシェアを伸ばすチャンスがある。現在、このチャンスを阻んでいる主たる障壁は、心理面だろう。日本は根回しに基づいて意思決定するが、それでは時間がかかりすぎる。この種の環境において必要なのは、素早く、フレキシブルに対応することだ。

(鈴木雅幸、宇都宮 徹 撮影:今井康一 =週刊東洋経済)

Paul A.Laudicina
シカゴ大卒業。石油メジャーや研究機関を経て1991年にグローバル経営コンサルティングファームのA.T.カーニーに入社。2006年9月同社CEO。著書に『World Out of Balance(邦題:明日の世界を読む力)』など。

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