40歳で花開いた「物書き」の譲れない使命感 社会を動かす良質なジャーナリズムに徹する

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頭のなかでピンとくるものがあった。また、勝負を仕掛けなければこのまま終わるという焦燥感もあった。長編ノンフィクションは、月刊誌などで連載枠をもらって書きためたものを書籍化するのが常道だが、そんなチャンスは待っていてももう来ない。無記名で数多の仕事を請け負う傍らで、半年かけて自費で6カ国を周り、世界各地の不妊治療と生殖医療の現場を取材して書き下ろし、小学館のノンフィクション大賞に応募した。

9年ごしの2作目『卵子探しています』(筆者撮影)

結果は大賞ノミネート5作に選ばれたうえでの優秀賞(この年は大賞作品なし)。加筆修正し、2015年3月には9年ぶりの2作目となる『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』となって書店に並んだ。

「あれで賞が取れなかったら、もうこの仕事をしてないかもしれません。かなりギャンブルでした」

かつては主要なノンフィクション賞を受賞したら、たくさんの媒体が潤沢な取材費付きで枠を用意してくれて当面安泰だといわれた。もうそんな時代でないのはわかっているので、受賞で事態がガラッと変わる期待はそもそも持っていない。ただ、これをきっかけに持ち込み企画が通りやすくなればいいと思った。

その願いは現実のものとなり、月刊誌や週刊誌は常に耳を傾けてくれて、必要な取材を検討してくれるようになった。それで十分――。宮下さんは、この段になって初めて「ジャーナリズムでしばらく食べていける」という感触を得たという。40歳の少し手前、ジャーナリストとしてのキャリアが15年を超えた頃のことだ。

人間の生と死というテーマに込められたメッセージ

冒頭に触れた講談社ノンフィクション賞作品『安楽死を遂げるまで』の取材を開始したのはこの年の11月から。小学館の隔月国際情報誌『SAPIO』で連載枠をもらい、世界各国の安楽死事情を2年かけて調べていった。

フランス外人部隊に不妊・生殖医療、そして安楽死――。宮下さんが書籍に選ぶ題材は、社会・国家と人間の命のかかわり合いが深く関係するテーマのように思える。意識的にそうしているのか尋ねたところ、宮下さんはうなずいたうえで付け加えた。

「いろんな国に住んできて、いろんな価値観を見てきました。アジア人としてあんまり気持ちのよくない経験もしてきました。それらを通して人間の幸せとは何だろうとずっと考えるようになって、それを突き詰めていくと人間の生と死に行き当たるんですよ。やはり、死を前に生きる人のドラマにはすごく興味があります。

ただ、それだけではなくて。自分が作品を通して伝えたいのは、日本人に日本なりのやり方を見つめてほしいというメッセージなんです。軍隊も不妊治療も安楽死も、いろいろな国にいろいろな制度があって、それぞれのとらえ方がある。それはその国のさまざまな価値観や文化的な背景があって成り立っていることで、良い悪いじゃないんですよね。そうした各国の事情を知ったうえで、日本には日本のやり方があるって気づいてほしいなと。だから、これから書いていく本も、テーマは何であれそのメッセージを必ず込めていると思います」

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