トヨタが定額乗り換えサービスを始める事情 電動化と自動運転が従来の販売モデルを崩す

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パソコンの世界で起きたことを考えるとそれは自明です。インターネットの出現以降、時価総額上位に君臨するようになったのは売り切り型のパソコンメーカーではなく、サブスクリプション(定額制サービス課金型)ビジネスモデルの会社や、会員数が優位性となるサービス提供会社ばかりです。

具体的には前者はソフトバンクやドコモのような携帯電話会社、DeNAやグリーのようなゲーム会社などを思い浮かべていただくとわかると思いますし、後者はアマゾンや楽天、フェイスブックやリクルートなどを思い浮かべていただければ理解できるでしょう。

それと同じで自動車メーカーも売り切りで終わりではなく、携帯電話会社のように日本国内に1000万人規模の月額会員がいて、その人たちが安定してトヨタや日産のサービスを利用する状況に持っていく必要があるのです。

そしてその作業をエンジン車の優位性が大きく低下するとみられる2020年代後半までに完了させてしまえば、コア技術を持つグーグルやテスラのような企業に一方的に利益を吸い上げられることもなくなりますし、逆にウーバーのようにライドシェアで先行するサービス会社にトヨタが下請けのように完成車を供給する悪夢のような未来を避けることもできるようになります。

来る高級車の買い控え現象を避けるためでもある

さらに今回の自動車のサブスクリプションサービス化は、これから先の自動車販売においてはもうひとつ別の意味も生まれます。それはこれから先、2020年代の頭に起きると予測される、高級車の買い控え現象を避けるという意味です。

これから先に購入する高級車は、これまでに購入した高級車と違い、急速にその製品価値が陳腐化するリスクがあります。

1990年代にパソコンを購入した方なら体験していると思いますが、何十万円もかけて購入した最新型パソコンが2年もすれば技術進歩でスペック的に全然魅力のない製品になってしまい、買い替えるときに下取りに引き取ってもらうことすらできないという現象が起きました。

比較するのは極端かもしれませんが、急速な技術の進歩に伴って、高年式の中古車でもあっても下取り価格が急激に低下することもありえます。

そのことを考えたら、富裕層がこれから先、新車を買うのを躊躇する時代がやってくる可能性は低くありません。しかしこれが販売ではなくサブスクリプションであれば違います。消費者は自分の持っている車が陳腐化すれば新しいモデルに乗り換えればいい。そしてメーカーは引き取った乗用車の電池やAIを最新のものに変更すればまたユーザーに提供できるようになる。外見が2022年モデルでも中身は最新の2025年モデルと同じといった仕様に自在に改修できるようになります。だからこそ世界中の高級車メーカーはサブスクリプションサービスへのビジネスモデルの移行を試行しているのです。

あとは問題になるのはこのサービスがどれくらいの価格で、どれくらいの規模のユーザーをどの程度のスピードで獲得できるかです。先行するBMWが月額8万~12万円程度の価格帯でユーザー獲得を始めているようですが、どの価格、どのようなサービス内容がいちばん消費者に刺さるのか、そのポイントを素早く把握する必要があります。

なにしろ自動車メーカーにとって、今回の新サービスを試行する時間的猶予は、それほど十分ではありません。2020年代には国内で1000万人規模のユーザー数を獲得しなければならないでしょう。そのようなゴールを目指す以上、高級車で開始する2019年のサービスはそれほどゆっくりとした実験サービスなどとは言ってはいられないのです。

鈴木 貴博 経済評論家、百年コンサルティング代表

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すずき たかひろ / Takahiro Suzuki

東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)を経て2003年に独立。人材企業やIT企業の戦略コンサルティングの傍ら、経済評論家として活躍。人工知能が経済に与える影響についての論客としても知られる。著書に日本経済予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』(PHP)、『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』(講談社)、『戦略思考トレーニングシリーズ』(日経文庫)などがある。BS朝日『モノシリスト』準レギュラーなどテレビ出演も多い。オスカープロモーション所属。

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