西成で78日生活してわかったドヤ街のリアル ほとんどの大阪市民が足を踏み入れない魔境

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「ドヤ街」は、特別な場合以外使わないほうがよいBランクの放送禁止用語で、ドヤは簡易宿泊所と言い換えることが望ましいとされている。「飯場(はんば)」も、わたしが使っているソフトでは変換されない。正しくは作業員宿舎で、文脈によっては使わない方がよいCランクの禁止用語になっている。しかし、どうにも簡易宿泊所街や作業員宿舎では感じがでないので、ドヤ街と飯場を使わせてもらう。

西成のヒットマン

ある日、國友クンはヒットマンにスカウトされる。ヒットマンといっても人殺しではない。西成のヒットマンは、生活に困っていそうな人に声をかけ、生活保護を申請させ、お小遣いなどを与えながら、認可されるまで面倒をみる仕事、生保ビジネスのスカウトおよびお世話役だ。

『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

かつては労働争議からの暴動もあったあいりん地区だけれど、いまは高齢化が進んでいる。生保ビジネスも盛んで、生活保護者囲い込みを専門とする福祉専門ドヤまである。そのひとつ「ママリンゴ」は、かつてシャブの売人とフロントがグルになってのシャブ密売所だった。今は経営者が変わってクリーンになった。というが、普通、福祉専門ドヤをクリーンとはいわない。

國友クンの聞き手能力は高い。小学生時代の放火にはじまり数々の犯罪をおこしてきた極悪人の坂本さんをはじめ、あいりん地区の住人たちから数多くのエピソードをひきだしている。ちょっとここには書けないような信じられない話もたくさん紹介されている。まさかそこまでとは思うが、國友クンの体感では、会った人の6割が覚醒剤経験者で4割が元ヤクザだという。

隠し事を続けるのは面倒なので正体を明かし、いずれ本にすることを伝えた相手から聞き出した話も多い。予定を延長して78日間を西成ですごした國友クンの書きっぷりはなかなかフレッシュだ。その最後の文章を紹介しておこう。

“自分はまだここに来るような人間ではない。この街にいる人間を見下していると言えばそうかもしれないし、逆に私のような人間がこの街にいること自体、恐れ多いような気もするのだ。”

なんともアンビバレントな感情である。はたして國友クン、できあがったこの本を持って、坂本さんたちに会うために西成のドヤ街を再訪したのだろうか。

仲野 徹 大阪大学大学院・生命機能研究科教授

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なかの とおる / Toru Nakano

1957年、大阪市旭区千林生まれ。大阪大学医学部卒業後、内科医から研究の道へ。京都大学医学部講師などを経て、大阪大学大学院・生命機能研究科および医学系研究科教授。HONZレビュアー。専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。著書に『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社、2017年)、『からだと病気のしくみ講義』(NHK出版、2019年)、『みんなに話したくなる感染症のはなし』(河出書房新社、2020年)などがある。

 

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