西成で78日生活してわかったドヤ街のリアル ほとんどの大阪市民が足を踏み入れない魔境

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そんな情報収集だけではダメだ。いいルポにするには、やはり飯場生活を経験しないとお話にならない。國友クンは、多くの求人の中でたった1社だけ健康保険欄に○がついているという理由から、S建設で働くことにする。この界隈では大手だが、どうにもヤクザのにおいが濃厚に漂う会社である。

日雇い労働と俗にいうが、1日限りの現金型と、何日間か続ける契約型があるそうだ。契約型の場合は、まとまった日数を飯場に住み込んでの建築現場での労働である。國友クンはちょっと迷ったけれど、10日間の飯場生活に挑戦する。仕事はビルの解体。そこは、厳然たるヒエラルキーが存在する、命懸けの職場だった。

何も資格がない新参者の國友クンはもちろん最下層の土工だ。ビル解体の廃材が、大きなトン袋につめられて、上からどんどん落とされてくる。そのトン袋のヒモをほどいてユンボ(ショベルカー)にひっかけるのが最初の仕事だった。聞き慣れない言葉だが、トン袋の正式名称はフレキシブルコンテナバッグといい、通称が示すように1トン程度の重量物を充填できる袋である。

重機に背を向けたら命を落とす可能性がある職場

ガラスの破片がばんばん降り注いできてヘルメットにあたる。重機に背を向けたら命を落とす可能性があるから注意しろといわれる。じつに危険な職場だ。それどころではない、京都の建設会社で実際にあったという恐ろしい話が紹介されている。

國友クンと同じようにトン袋の持ち手をしていた人がいた。ユンボの手元が狂って、先っちょがクビにひっかかり、生首がとんだというのである。さすがに運転手は青ざめて遁走。もっと怖いのは、その運転手は業務上過失致死に問われることもなく、一週間ほどして何事もなかったかのように職場に復帰し、事件は闇に葬り去られたことだ。真偽のほどは定かでないが、人間がモノのように扱われていると実感している人たちの間で語り継がれている話がこれだ。

給与は1日1万円。飯場は居室と三食付きで、必要経費として3000円が天引きされるから、正味で7000円。そこで働く男たちのほとんどは、そうして稼いだ金を、酒、ギャンブル、そしてクスリに使ってしまう。國友クンは飯場生活を10日間で終え、その足で飛田新地へいった。しかし、そんなことまで書かなくてもええんとちゃうん。

安宿を意味するドヤという言葉は、宿を逆から読んだものであるという。そんな安宿が数多く並んでいるのがドヤ街で、西成の安いところは一泊500円からある。國友クンが宿にした『ホテル南海』は、なんでも、かつてリンゼイ・アン・ホーカーさん殺しで逃走生活をしていた市橋達也も逗留していたことがあるホテルらしい。その宿泊費、一泊1200円は四つ星クラス。

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