クセが強い!北朝鮮「テレビCM」不思議な世界 製造工程の紹介がマニアックすぎる
かつて共産主義陣営で、共産主義の終わりを予感させた最初の出来事――それは広告が現れるようになったことだ。しかし、「解放なき改革」を掲げる北朝鮮で新しく登場し始めた広告は、かなり独特な展開を見せている。
ペレストロイカ後のソビエトに登場した広告は、共産主義崩壊の象徴となったが、北朝鮮の広告は新たな経済秩序とチュチェ思想の間で何とか折り合いをつけている。
ウソをつかないソビエトの広告
旧ソビエト連邦では1980年代後半に派手な看板やテレビコマーシャルが登場し、モノクロ写真のような消費文化を吹き飛ばした。それまでのソビエトの広告は味も素っ気もなく、見る者に取扱説明書のような印象を与えた。広告の狙いは販売促進ではなく、商品の使い方を説明することにあったからだ。
非現実的な宣伝文句や魅力的なビジュアルが用いられることもなかった。たとえば、40歳以上の女性をターゲットにしたソビエトのナイトクリームの広告は「肌をなめらかに」。ありのままの効能をうたうだけで、「20歳、若返る」といったようなことは言わない。「大人の肌」という聞こえのいい言葉の代わりに使われるのは、ずばり「衰えた肌」。身もふたもない宣伝だが、正直なことだけは確かだ。
新しいタイプのコマーシャルを見たソビエトの消費者は当初、古くから慣れ親しんできた広告と同様に、100%本当のことが宣伝されていると愚かにも信じてしまった。1990年代初頭、ある女性が美容室でシャンプーについて愚痴っているのを耳にしたことがある。「ねぇ聞いてよ。このシャンプーをずっと使い続けているのに、どういうわけか私の髪はコマーシャルみたいにツヤツヤにならないの。使い方を間違えているのかしら」。
昔とは違う世界に住んでいるのだ、ということを人々が理解するのにさして時間はかからなかった。最初は広告にまんまとだまされていた消費者も、やがて広告をまったく信用しなくなる。
新しく登場した広告は、それまでのソビエトでは考えられなかったような自己中心的なメッセージであふれていた。「私にはそれだけの価値がある」といった感じの鼻持ちならないキャッチコピー、宣伝されているクラッカーの「あまりのおいしさに抵抗できずに」子どもから最後の1枚を取りあげてしまう親のイメージ……。こういったコマーシャルはソビエトの道徳観とは相いれないものであり、西側資本主義国の退廃を象徴するものと受け止められた。