「言論の自由」を抑圧し続ける習近平氏の末路

なぜそんな賭けに打って出るのか

ジャーナリズムの規制を強めている習国家主席(写真:Jason Lee/ロイター)

中国の習近平総書記(国家主席)は先日、 自身の退任以降も長く続くだろう栄光を手にした。

中国共産党が、習氏の世界観である、「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義」を党規約に盛り込むことを決定したのだ。在任中に政治思想が規約に盛り込まれるのは、毛沢東氏以来の「快挙」だ。習氏は最高権威である。だが、まさにその権威の蓄積が、習氏の力と国家の両方に大きな脅威をもたらしている。

ジャーナリストにメディアは任せられない

習氏の主な目標は、中国の経済と軍事力を強化し、時には残忍な腐敗撲滅キャンペーンをリードし、不変の決意で最も厳しい統制下にニュースメディアを「取り戻す」ことである。党規約に習氏の思想と名前の両方を入れることによって、同氏の公式な方針を正しくないとする者は誰であれ、党規約への攻撃とみなし、批判的な解説やあからさまな暴露を違法とするだろう。習氏は、ジャーナリズムの独立を不可能とするだけでなく、中国で最も活発な批判的メディア、すなわち、ソーシャルメディアも締め付けたいと考えている。

が、こうした「動脈」をふさぐことは、彼の最大の間違いかもしれない。

習氏によるメディア抑圧は、今に始まったことではない。2013年に新たなリーダーとして、北京でスピーチを行った際には、宣伝およびイデオロギーの労働者(大まかに言えば、ジャーナリストとその関係者)は、規律がなくなってしまったことによって反逆罪に関与する境界線上にあると論じた。そして、同氏のその後の行動は、この考えと一致している。

筆者は、今年初めに出版した本でこう書いた。「習氏によるスピーチの1つのフレーズが、特に(この考えを)示している。『われわれは、断固として、党がメディアを運営するという原則に固執し、政治家が運営する新聞、定期刊行物、テレビ局やニュースウェブサイトに固執しなければならない』」。

「新聞を運営する政治家」という言葉が、数百万を有罪とした殺人的な政策にもかかわらず、いまだに崇拝されている毛氏から直接引用されていたのだ。このフレーズは、政治家、すなわち党が、ジャーナリズムの最終内容を決める最終権限を持っているというドグマを正当化している。つまり、ジャーナリズムはジャーナリストに任せておくには、はるかに重要すぎるということだ。

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