安田純平さん突然「解放」、背後に2つの要因 3年間拘束され続けていたのに

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カタールがなぜ、こうした役回りを担うのか。カタールは、自国民がわずか約30万人の小国だ。地域大国サウジアラビアに接し、外交的には「属国」の地位に甘んじかねない。だが、群雄割拠の中東地域で逆張りの外交を展開することで、その国力を凌駕する存在感を示してきた。

1996年に開局した衛星テレビ局アルジャジーラはカタール首長家の出資を受け、今では中東地域のみならず、イスラム世界で最も影響力を持つメディアである。アルジャジーラが後押しした「アラブの春」では、カタールは民衆側に立ち、草の根の支持を持つイスラム主義組織、ムスリム同胞団を援護した。こうした構図は、シリア内戦でも変わらない。カタールはシリアの同胞団にとどまらず、アサド政権に銃口を向けた反体制派のスポンサー役となり、資金や物資を送り続けた。

安倍首相も水面下で協力を要請

こうしたカタールの独自外交を目障りに思ったのがサウジである。絶対王制のサウジは、「アラブの春」の名の下に民主化が進み、選挙が行われては石油資源を意のままに使える絶大な権力を維持できない。同胞団を「テロ組織」に指定し、それを支援するカタールを「テロ支援だ」と非難して2017年6月、アラブ首長国連邦(UAE)やバーレーン、エジプトとともに断交、カタールを兵糧攻めにした。

安田さんの解放は、シリア内戦が最終局面に向かうという現地情勢が大きいが、もう1つには、中東で外交的に孤立するカタールが積極的に動いたことも要因だろう。安倍晋三首相は、カタールのタミム首長やトルコのエルドアン大統領との首脳会談の際、安田さん解放への協力を水面下で要請しており、解放によって日本政府はカタールやトルコに借りをつくる形となった。

カタールと敵対するサウジは目下、トルコ・イスタンブールを舞台にした暗殺疑惑で大揺れだ。サウジ人著名ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏を、実権を握るムハンマド皇太子が主導して暗殺したのではないかとの疑惑の目が向けられ、国際社会の批判にさらされている。

カタールは、サウジが暗殺疑惑で国際的に窮地に立つ中、日本政府に外交的な支援を期待するとともに、ジャーナリストの解放という人道問題に尽力したことを世界にアピールして外交的な苦境を緩和したいとの狙いもあったとみられる。

池滝 和秀 ジャーナリスト、中東料理研究家

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いけたき かずひで / Kazuhide Iketaki

時事通信社入社。外信部、エルサレム特派員として第2次インティファーダ(パレスチナ民衆蜂起)やイラク戦争を取材、カイロ特派員として民衆蜂起「アラブの春」で混乱する中東各国を回ったほか、シリア内戦の現場にも入った。外信部デスクを経て退社後、エジプトにアラビア語留学。ロンドン大学東洋アフリカ研究学院修士課程(中東政治専攻)修了。中東や欧州、アフリカなどに出張、旅行した際に各地で食べ歩く。現在は外国通信社日本語サイトの編集に従事している。

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