「万引き」を止めたくても止められない根因 誰もが依存症に陥る可能性を秘めている
――経済的に余裕がある人が多いのも、ストレスと関係がありそうですね。
盗むことよりも非日常的なスリルと達成感が味わえることが目的だから、食べきれないほどの量の食品を盗み、腐らせても平気でいるケースもある。もっとも、最初に盗むものは小さくて、しかもまったく必要ないものかというと、そうでもない。見つからない、捕まらないという成功体験を積み重ねていくうちに「学習」し、徐々にエスカレートしていく。ポケットに突っ込んだ鮭の切り身が、ポケットからはみ出していても平気で店を出て、捕まった例などもある。
――男性は万引き依存症にはなりにくいのでしょうか。
男性は依存対象がアルコールやギャンブル、痴漢行為になるケースが多いので、女性に比べれば少ないというだけで、男性でも万引き依存症の人はいる。ただ、女性が盗る対象は圧倒的に食品だが、男性の場合はスーパーが日常の場になっている人は少なく、食品を盗る人は少ない。
多いのは本。同じ本を何冊も盗ったり、まったく関心のない本を盗って自宅にため込み、たまると捨てる。経済的な目的で盗っているわけではないので、古本屋に売るということはしない。このほか、文具や日用品、芳香剤などが対象で、電化製品など高額のものを盗るという話は転売目的の人が多いためクリニックに来る人はいない。男女ともに共通するのは、単価が比較的安いものが対象になるという点だ。
――なぜ安いものが対象になるのでしょうか。
表層的には万引きをやめたいと思っていても、根っこのところでは続けたいと思っている。しかし、人のものを盗む=犯罪行為という認知のまま常習的に盗み続けることは心理的葛藤が大きいので、認知の枠組みを自分に都合のいいように歪める。これを認知の歪みといい「大したものを盗ったわけではない」というのはよく聞くセリフだ。罪悪感を低減するために、本能的に高額の商品は避けているということだろう。
依存症に陥る人はまじめで責任感も意思も強い
――依存症の治療にあたっては、その原因となったストレスや引き金が何であるのかを特定することが、まず治療の第一歩のようですが、女性の場合は配偶者との心理的葛藤がいちばん多く、次が親子兄弟とのトラブルだそうですね。
夫との問題、介護も含む義母との問題、実の親との問題、子どもの進学や結婚などが幾重にも重なるのは間違いないが、キーワードとなるのはやはり介護と育児のケア労働。どちらも女性が無償で行う仕事という価値観は根強い。うまくやれて当たり前、誰の手を借りることもできず、ねぎらいの言葉ひとつもかけてもらえないまま、1人でストレスをため、あるとき万引きというSOSとして逆説的な形で表面化する。
これをパラドキシカルメッセージと呼んでいる。まじめで責任感が強く、人の評価、つまり夫や家族、周囲の人の評価を気にする人ほど陥りやすい。逆にいい加減で人の評価をそれほど気にしない人は依存症にはなりにくい。万引きの最初の動機は節約だったという人は少なくない。家計を預かる責任感ゆえだが、繰り返すうちに目的が変わってしまう。
つまり「節約のための窃盗」から「窃盗のための窃盗」になっていく。幸い、治療に来る人たちの大半は、ストレスの原因となった家族がそのことを理解し、家族支援グループに参加するなど治療に協力的である。
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