広告代理店に勤めるSさんは、上司と一緒にあるクライアントを担当しているのですが、その上司が事細かに指示をしてくることに困惑しています。上司は、Sさんがやり切れなかった仕事を見つけると、
「自分が担当すれば、もっと細やかな対応をするはず。それができないのはどうして?」
と理由を問い詰めてきます。実は、Sさんはそのクライアントを担当してまだ1年。一方、上司は担当して15年以上で、先方の歴代担当者を5代以上もさかのぼれるくらいに精通しています。
ですから提案書に使うべき言葉づかいから、接待における担当部長の嗜好や気配りポイントまで知り尽くしています。その知見をもって「もっときめ細かい配慮をしなさい」とか「提案書の言葉づかいが間違っている」と指摘してくるのです。Sさんは、
「おっしゃることはもっともなのですが、それができないから困っているのです」
という本音をぐっと飲みこんでいるといいます。
そんな上司をSさんは「無双な存在」と表現してくれました。褒めているのでないのは明らかです。
そんな“無双な上司”に遭遇したことはありますか? 経験に裏付けられた正しすぎる指導ではあるものの、正しすぎて、困惑させられる存在。上司の立場からすれば経験が豊富で、
・できない部下が問題である
と考えているのでしょう。でも、部下が上司が期待するほどの水準で仕事をするのは無理と感じているとしたら、その「正しすぎる指導」は適切とは言えません。野球の指導で例えるなら、プロ野球選手が少年野球で150kmを打ち返す見本をみせて、それを選手に「やってみて」と打たせたところ、当然打てない。そこで、
「どうして打てないの、見本をみせたよね」
と選手を責める感じでしょうか?
一定の人事異動が必要
こうした無双な上司の存在に関して、筆者は上司個人の資質というよりも、組織のあり方に問題があると考えます。できない部下の気持ちがわからないような環境に上司をおいたままにしている可能性が高いからです。
Sさんの上司は同じ職場に15年以上いることで、新たに仕事を覚える機会が失われている可能性があります。いわゆるタコツボ化した環境で視野が狭くなり、経験の浅い部下との協業が難しくなってしまうのです。
仕事の進め方がわからない部下に対して理解をうながす指導をすることが十分にできない状態でも、そこに問題意識を感じない。むしろ、できない部下を責めてしまう。
通常の組織であれば、人材が頻繁に入れ替わることも多いので、自分の仕事の進め方では理解されない可能性がある。あるいは部下のキャパシティに合わせて仕事を任せていかなければいけない……そう考えるものでしょう。しかし、長く同じ仕事をしていると、この発想ができなくなってしまうことがあるのです。
もし、無双と呼ばれるSさんの上司が、人事異動で別のクライアントを担当する部署に異動したら、どうでしょうか? 初めての仕事では、部下に対して「正しすぎる指導」まではできないはずです。
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