プーチンは、なぜ「思いつき提案」をしたのか 安倍首相の送った「シグナル」を誤解した?

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たとえば東方経済フォーラムの閉幕時の会見で、ユーリ・トルトネフ副首相はプーチン大統領の提案について「まず友人になってから歩みを進めようとするものだ」と述べた。要するにロシアにとって、日本とロシアはまだ友人関係ではないと解することができる。ロシアは極めて冷静に日本を見ているということだ。

一方で日本もロシアにただ甘い面を見せるだけではない。今回の訪ロでは、安倍首相は「ウラジーミル」と呼びかけるのを止めている。それまではスピーチの中で一度は必ずファーストネームで呼びかけた。2016年12月の長門会談での共同記者会見では5度までも「ウラジーミル」と呼び、その親密ぶりをしつこいほどアピールした。

ところが、今回の東方経済フォーラムでは一度も「ウラジーミル」と呼びかけなかった。実はこれは安倍首相の判断だ。事前に準備された原稿には1カ所だけ「ウラジーミル」の呼びかけがあったのだが、安倍首相はそこを「プーチン大統領」と言い換えた。

それが前述の「プーチン大統領、もう一度ここで、たくさんの聴衆を証人として、私たちの意思を確かめ合おうではありませんか。今やらないで、いつやるのか、我々がやらないで、他の誰がやるのか、と問いながら、歩んでいきましょう」のくだりだ。

9月25日にはトランプ大統領と会談

東方経済フォーラムに合わせて、ロシアは中国とともに大規模な軍事演習を行っている。いうまでもなく、これは日本の安全保障にとって大きな懸念材料だ。安倍首相はこの大規模軍事演習を「注視している」とプーチン大統領に伝えているが、「ウラジーミル」とは呼ばないことも、警戒感を持っていることを示すシグナルだったのかもしれない。

プーチン大統領が安倍首相からのシグナルを感じ取ったかどうかはわからないが、その直後に日本を震撼させるような「前提条件なしの平和条約締結案」を提唱した。これは想定していたような反応ではなかったため、安倍首相が複雑な表情を浮かべたのだろう。

9月25日にはアメリカのドナルド・トランプ大統領との会談も予定している。安倍首相は、通商問題でかなりハードな交渉を強いられることは間違いない。ロシアの次はアメリカ。安倍首相の外交手腕が問われる難しい局面といえるだろう。

安積 明子 ジャーナリスト

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あづみ あきこ / Akiko Azumi

兵庫県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。1994年国会議員政策担当秘書資格試験合格。参院議員の政策担当秘書として勤務の後、各媒体でコラムを執筆し、テレビ・ラジオで政治についても解説。取材の対象は自公から共産党まで幅広く、フリーランスにも開放されている金曜日午後の官房長官会見には必ず参加する。2016年に『野党共闘(泣)。』、2017年12月には『"小池"にはまって、さあ大変!「希望の党」の凋落と突然の代表辞任』(以上ワニブックスPLUS新書)を上梓。

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