飯舘村の「帰還農家」で咲かせた未来への希望 荒れ野の古里によみがえる高原の花々

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トルコギキョウ、カスミソウのハウス群の近くには、天明の飢饉で逝った無縁仏の小さな墓石が並んでいる。啓一さんは、その一角を小さな公園のように整地し、「比曽の歴史の原点として、大事に守ってきた」。お盆や秋彼岸の出荷のために咲かせたトルコギキョウは、比曽の再興への希望の花であり、古里の行く末を見守る先人たちへの手向けの花でもある。

帰還後の新しい家族

ハウスの花々を啓一さん、忠子さんと眺めていると、小さな茶色い柴犬がちょこまかと入ってきた。生後5カ月の「モモ」。帰還後の番犬に、と福島市のペットショップで7月初めに求めた。

新しい家族に加わったモモと忠子さん(左)、雫さん(撮影:寺島英弥)

この日遊びに来ていた小学4年の雫(しずく)さんら、市内に住む3人の孫たちが相談し、福島の名物の桃にちなんで名付けたという。見知らぬ訪問者に吠えるどころか、人なつこく絡みつき、「こりゃあ、番犬にはならねえな」と飼い主をあきれさせた。

思い出したのが、啓一さんが2012年9月、初めて行った居久根の除染実験を取材した折。小型重機で土のはぎ取りをしていた林床に、こんな古い板の標柱があった。「ありがとう チビ太の墓 平成二十三年一月二十二日死亡」「平成九年 浪江町より来る 十五年間菅野家を守る」。筆者のブログ『余震の中で新聞を作る』には当時、こんな言葉が記された。

「浪江に仕事に行ったとき、捨てられた雑種の子犬をもらったんだ。保健所に連れていかれるよりは、と。家を建てた借金を土方仕事で返していたころだ」「人なつこい犬で、誰にもほえないで、なつくんだ。番犬にはならなかったなあ」「18年生きて、震災の直前の1月に老衰で死んだ。生き長らえても、その後の避難生活は耐えられなかったろうな」

生まれ変わりのようにやって来たモモ。「帰還後」を生き始めた菅野家に、新しい家族が加わった。

(文:ジャーナリスト 寺島英弥)

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「Foresight」編集部

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