お金があれば人の行動を縛れるという勘違い

行動経済学が解く「モチベーション」の謎

報酬が高いだけで働く人のモチベーションを引き出せるワケではない(写真:wutwhanfoto/iStock)
金銭的報酬が提示された途端にやる気が失せたり、他人の目を意識するだけでパフォーマンスが上がったり……人間の行動は不合理に満ちている。経済学と心理学の知見を駆使してその謎を解き明かすのが、「行動経済学」だ。昨年のノーベル経済学賞を行動経済学者のリチャード・セイラーが受賞したことも記憶に新しい。
そんな行動経済学の第一人者として『〔エッセンシャル版〕行動経済学』を著したミシェル・バデリー氏が、日々ビジネスに取り組む私たちの大問題=「モチベーション」の不思議に迫る。

人を動かすのはお金だけではない

学会などで経済学者が集まって話をすれば、遅かれ早かれ誰かが「インセンティブ」という言葉を口にするはずだ。インセンティブは経済分析において基本となる概念だ。個人に対しては仕事に注ぎ込む労力と質を高めるよう促し、企業に対しては製品の生産量や品質を高めるよう促す要因を指す。

経済学者は通常、お金を最も重要なインセンティブと考える。お金が価値を測る客観的指標であるのは間違いない(だからといって必ずしも正確あるいは公平な指標ではないが)。日常生活において、私たちの行動の動機となるのはたいがいお金だ。モノやサービスの価格も賃金も、お金で決まる。企業や個人が質の高い生産的な意思決定をすれば、高い価格や賃金というかたちで報われる。多種多様な個人や企業の選択を調整する市場は、金銭的インセンティブによって支えられている。

行動経済学者である私は、価格やお金が人々に努力を促す強力なインセンティブであることを否定はしないが、人々の意思決定にはほかにもさまざまな社会経済的・心理的要因が影響を与えていると主張したい。私たちを動かすのは、お金だけではない。

学者である私の稼ぎは、民間企業で稼げる金額より低いかもしれない。生涯賃金で考えれば、企業より年金が高く雇用もはるかに安定しているという事実によって、目先の収入を最大化しない理由の説明がつくかもしれない。しかしそれだけではない。学者という仕事にはかけがえのない魅力があり、それが私の非金銭的なモチベーションとなっている。たとえ宝くじに当たり、一生暮らしに困らないだけのお金が手に入っても、今の仕事を辞めないだろうと思うこともある。金銭的報酬とは関係なく、仕事そのものが喜びと感じられることもある。

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