お金があれば人の行動を縛れるという勘違い

行動経済学が解く「モチベーション」の謎

しかし実験的に献血を促すために献血者に金銭的報酬を導入してみたところ、むしろ逆の、予想外の影響があった。報酬は人々の献血への意欲を高めるどころか低下させたのだ。理由として1つ考えられるのは、金銭的報酬という外発的モチベーションによって、良い市民であろうとする献血者の内発的モチベーションが阻害されたということだ。

私たちは何のために働くのか?

内発的、外発的なインセンティブやモチベーションは仕事にも強い影響を及ぼす。大抵の労働者にはさまざまな内的、外的要因が複合的に作用している。外発的なインセンティブとモチベーションには、仕事で得られる賃金や給与だけでなく、雇用されることで得られる社会的承認も含まれている。(医者や教育者など)尊敬される職業に就いている場合は特にそうだ。仕事には内発的モチベーションも影響する。たとえば困難な課題に挑戦するのを楽しんだり、何かをすることに満足感を得たり、あるいは個人的な志がモチベーションになったりする。

インセンティブとモチベーションに関するこのような行動経済学の知見は、賃金と労働者の働きぶりや生産性との関係にかかわる極めて重要な学説の1つ、「効率賃金理論」と密接にかかわっている。

効率賃金理論は、経済的・社会心理学的要因がどのように労働者の努力を刺激するかを考察する。効率賃金とは企業の労働コストが最も低くなる賃金水準だ。労働者の賃金を引き上げた結果、生産性がそれ以上に上昇すれば、企業の利益は減少せず、むしろ増加する。たとえば賃金を1%引き上げた結果、労働者が熱心に働くようになり、生産量が2%増加すれば、単位あたりの労働コストは低下する。ほかの条件が一定であれば、企業利益は増加する。

賃金と利益が同時に増加する理由は、従来の経済学の概念で説明できる部分もある。報酬が増えれば、従業員の仕事に対する評価は高まり、それを失わないためにもより熱心に働くようになる。特に貧しい国では報酬が増えることで労働者は質の高い食事、住居、医療、衣服に手が届くようになる。そうすれば体が丈夫になって長時間精力的に働けるようになり、病気で仕事を休むことも減るかもしれない。報酬が増えれば、労働組合に加入している労働者はストライキに加わるのを思いとどまるかもしれない。

しかし賃金の引き上げが労働者のモチベーションを高めるのは、金銭的恩恵のためだけではない。良い待遇を受けていることが労働者の信頼感や忠誠心に及ぼす影響といった、社会的・心理的報酬やインセンティブのためでもある。上司に期待以上の扱いを受ければ、もっと良い働き手となって好意に報いたいと思うだろう。

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