お金があれば人の行動を縛れるという勘違い 行動経済学が解く「モチベーション」の謎
これは決して珍しいことではない。仕事をめぐっては、さまざまな金銭的および非金銭的報酬がモチベーションとなる。大抵の人は仕事の対価として金銭的報酬を求めるが、働く目的がお金だけではない人もいる。熱心に働いていることや尊敬される仕事に就いていることから得られる社会的承認など、社会的報酬がインセンティブとなっている人もいる。道徳的インセンティブに反応する人もいる。たとえば慈善団体の職員だ。単にその仕事が好きだから、報酬は低くても構わないという人もいる。芸術家の多くがそうだろう。
2種類のモチベーション
行動経済学者はインセンティブとモチベーションを内発的と外発的という2つの大きなくくりに分類し、私たちの意思決定や選択に影響を与えるさまざまな要因をとらえている。
外発的モチベーションとは、個人の外部に存在するインセンティブや報酬を意味する。たとえば周囲の環境や人々に促され、本来やりたくないことをやらされる状況を考えてみよう。そんなとき私たちの行動を決定づけるのは、何らかの外的要因だ。インセンティブというかたちの外発的モチベーションが必要になる。最も一般的で強力なインセンティブはお金だ。
私たちは賃金や給料をもらうから働く。もっと強力な外的インセンティブは、身体的脅威だ。ただ非金銭的インセンティブも外発的モチベーションとなりうる。たとえば社会的承認や社会的成功といった社会的報酬だ。高い賃金、試験での好成績、褒賞や表彰、社会的承認は、いずれも外的報酬である。
内発的モチベーションは、個人の内なる目標や姿勢から生じる。私たちはときとして自発的に努力しようという気になる。何らかの外的報酬のためではなく、自分自身のために。プロとしての誇り、義務感、大義への忠誠心、難問を解く楽しさ、あるいは体を動かす喜びといった自分の内なる何かがモチベーションとなっているとき、外的インセンティブは必要ない。
チェスやカードゲーム、あるいはコンピュータゲームをしているときには、挑戦自体が喜びとなり、その喜びの感情は内側から湧いてくる。芸術家や職人には自らの仕事を楽しみ、誇りを抱く人が多い。自分や家族の生活費は必要なので、金銭的報酬などどうでもいいというわけではないが、それは数多くのモチベーションの1つにすぎない。
外発的モチベーションと内発的モチベーションはそれぞれ独立しているわけではない。前者によって後者がクラウディング・アウト(駆逐)されることもある。内発的モチベーションが外的報酬によって阻害されてしまうのだ。そのメカニズムを示した実験がいくつかある。
内発的モチベーションのクラウディング・アウトを示したある実験では、大学生にいくつかのパズルを解くよう求めた。学生は無作為に2つのグループに分けられた。
1つ目のグループには金銭的報酬が支払われ、2つ目のグループには支払われなかった。意外なことに、2つ目のグループの学生には、1つ目のグループを上回る成績を挙げた者たちがいた。お金をもらわなかった学生たちはパズルを解くという知的挑戦を楽しんでいたのに対し、お金をもらった学生たちはその金額が比較的少なかったことで意欲をそがれたのだろう。
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