お金があれば人の行動を縛れるという勘違い

行動経済学が解く「モチベーション」の謎

雇用者と被雇用者の関係は単なる金銭的なものではない。そこには忠誠心、信頼、互酬性といった社会的・心理的なインセンティブや誘因も作用している。ジョージ・アカロフらはこれを贈与交換の一形態と見る。上司が良い待遇と賃金を与えてくれる、だから私はこれまで以上の働きぶりでその恩に報いよう、というわけだ。

職場でこのような経験をしたことがある人は多いのではないか。私たちが生涯にわたって経験するさまざまな仕事、なかでも最高のものと最悪のものを比較してみれば、労働者のモチベーションは、いかに複雑かがよくわかる。スポーツ用品、おいしい食品、すてきな靴など、自分が欲しいと思うような商品がたくさん並んだ店で働くことを想像してみよう。それだけで仕事を楽しみ、頑張って働く可能性は高いだろう。

しかも上司が良い待遇をしてくれて、仕事にやりがいを感じられたら、つねに監督されていなくてもきちんと働くはずだ。すると上司は監督するコストを節約でき、上司とあなたとのあいだに信頼関係が生まれて、あなたは主体的に頑張るようになる。友人そのほかの人脈を通じて職場のすばらしさを伝えるかもしれない。そうすれば上司は大々的に宣伝をしなくても質の高い新たな人材を獲得できるようになり、求人コストは下がり、怠け者を雇うリスクも抑えられる。

賃金引き上げが企業利益増につながる

このように労働市場の分析において非金銭的インセンティブを考慮することは、企業や政策立案者にとっても示唆に富む。賃金を引き下げても、必ずしも企業利益は増えない。むしろ賃金の引き上げが利益増加につながることもある。効率賃金理論は最低賃金や生活賃金(労働者がその地域で最低限の生活を営むのに必要な賃金)の議論の参考にもなる。賃金水準をより高く公平なものにすれば、雇用者と被雇用者の双方にプラスに働くこともある。賃金の引き上げによって労働者が職場の内外で企業のために努力するようになるなら、そうした要求は通りやすくなる。

『〔エッセンシャル版〕行動経済学』(早川書房)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

私たちの選択や行動がさまざまな社会的、経済的、心理的モチベーションに影響されることを受け入れれば、これまで経済学が提示してきたパフォーマンス向上のための標準的な処方箋も大きく変わる。自分や他者のイメージや社会的評価に対する認識は、私たちの寄付行為や罰金への対応に影響を及ぼす。他者との社会的な関係性は、個人の職場での働きぶりを左右するだけでなく、企業の利益にも影響する。市場は人々の相互作用を反映する。

人々が金銭的インセンティブに反応するのは明らかだが、強力な影響を及ぼす要因はほかにもたくさんある。人々の選択や努力、その結果の背後ではさまざまなモチベーションが複雑に絡み合っており、行動経済学は私たちが個人として、あるいは被雇用者、雇用者、政策立案者、市民として、そうしたものへの理解を深めるのに役立つ。

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