「新幹線テロ対策」安全と利便性のジレンマ 車内防犯と駅の手荷物検査、どちらを選ぶ?
「それでは訓練を開始します」。JR東海の担当者のかけ声と同時に、不審者役の警官がおもむろに立ち上がり、怒鳴りながら凶器を振り回し始めた。たまたま出張中で14号車に乗っていたという設定のJR東海社員が、「私はJR東海の社員です。みんな逃げて」と叫び、周囲の席に座っていた乗客役を別の車両に誘導する。
乗客の避難が終わると、社員はデッキに設置されている緊急通報装置を押して車掌に異常事態の発生を伝える。車掌は同僚車掌やパーサー、運転士、同乗している警備員、鉄道警察隊に連絡する。運転士は総合指令所に異常事態の発生を伝えるとともに、車内放送を使って乗客に車内で異常事態が起きていることと、最寄り駅に緊急停車することを伝える。アナウンスを聞いた不審者が興奮しかねないため、14号車にはアナウンスを流さない。
車掌は15号車の仕切り扉を半分程度閉めた。仕切り扉は本来、車内火災時に煙がほかの車両に流れるのを防ぐためのものだが、今回は不審者が15号車に移動するのを防ぐために使われた。その後車掌は14号車にやってくると、逃げ遅れた乗客をデッキに誘導しつつ、防護盾で凶器を防ぎながら、不審者に「落ち着いてください。話を聞きます。やめてください」と丁寧に話をしながら近づいていく。JR東海の田中本部長は、「われわれが不審者を取り押さえるのは現実的に難しい」として、乗務員の役割は不審者に語りかけ落ち着かせることに主眼を置いているとする。
しばらくすると警備員が到着。刺又で不審者を牽制しながら、「武器を捨てなさい」とやや強い口調で近づいていく。
警備員や警察が乗っていなかったら?
その後、2人の鉄道警察隊員が到着。威圧感たっぷりの大声で「武器を捨てろ」と警告を発して、不審者に向かっていく。不審者は警察隊員にあっけなく倒され、取り押さえられた。訓練開始から終了まで間、わずか1分強という短い時間だった。
「今回が初めての訓練。今後のスケジュールは決めていないが、できるだけ訓練の機会を設けて練度を高めていきたい」と田中本部長は話す。すべての新幹線乗務員に実地訓練を受けさせるのは現実的に難しい。大半の乗務員は定期的に行われる研修時に模擬的な訓練を行うことになるが、今回のような実地訓練にどこまで近づけられるかは課題になりそうだ。
また、今回の実地訓練を見る限りでも、不審者対応について改善が必要と感じられる点が見えてきた。「不審者が乗っている車両にたまたま当社社員が乗車しており、警備員と警察もたまたま乗車していた。“たまたま”が続きました」と、JR東海の社員が苦笑いする。警備員や警察官がすぐに駆け付けられない場合に乗務員はどこまで対応しきれるのだろう。
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