気仙沼住民を泣かす“高すぎる”防潮堤計画 巨大な防潮堤が町づくりの足かせに

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漁村の復興にも支障

県内のカツオ一本釣り漁の発祥地として知られる気仙沼市唐桑町の鮪立(しびたち)地区。美しい弧を描く湾を取り囲む形で、総延長約540メートル、底辺の幅が60メートルに達する防潮堤の建設計画が持ち上がっている。防潮堤の高さは海抜9.9メートルにもなる。

震災前に漁港として栄えてきた鮪立地区の市街地の多くが防潮堤用地になるため、漁業従事者など多くの住民が反発。「県が示した津波の高さに関するシミュレーションには合理性がない。明治三陸沖地震での津波痕跡値を基に、余裕高1メートルを加えた海抜5メートルでの防潮堤整備以外に、住民が合意できる方策はない」といった声が沸き上がっている。

鮪立地区で10月20日に開催された住民説明会では、「9.9メートルの防潮堤を造ってほしいという人はごく少数。(9.9メートルだけを前提に)これ以上議論していると鮪立は分裂してしまう」という悲痛な意見が出た。

鮪立地区では、地区内の避難道路や水産業のための共同施設を整備する計画もあるが、防潮堤に近接することから、宙に浮いた状態だ。そのため、漁業従事者の間からは「防潮堤の高さで言い争うのはやめて、早く工事を進めてほしい。そうしないといつまで経っても工場や倉庫の復旧ができない」との声もある。

鮪立漁港から車で数分の小鯖漁港でも、9.9メートルの高さの防潮堤建設計画が持ち上がっている。こちらは幅が約40メートル、延長約100メートルの防潮堤を地区内の2カ所に建設するというもの。ところが、そのうち1カ所には人家が一軒もない。その一方で防潮堤が建設された場合、背後に水はけの悪い窪地が生まれることから「防潮堤を造る必要があるのか」と鈴木一郎・小鯖自治会長は怒りを隠さない。

岩手、宮城、福島3県にヒアリングしたところ、海岸線の総延長約1700キロメートルのうち23%に相当する約390キロメートルに防潮堤を建設する計画がある(従来あった防潮堤の災害復旧を含む)。その総事業費は約8580億円。津波被害を防ぐという目的に大義名分はあるものの、自然環境や景観のみならず、肝心の住民生活の再建を阻む存在にもなっている。

住民の意向を尊重して、立派な防潮堤の代わりに避難経路を整備するなど、その予算を他の用途に振り向けてもいいはずだ。県には「高い防潮堤」にこだわらない柔軟な対応が求められている。

週刊東洋経済2013年11月9日号

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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