資生堂が「業務用」バッサリ捨てる納得のワケ 化粧品の成長分野へ、真の「選択と集中」

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資生堂はアユーラや草花木果のブランドについては他社に売却することで撤退しています。つまりブランド売却でフリーキャッシュフロー(経営に活用できる手持ち資金)を確保して、これをプレステージ商品のブランドに投資することができたのです。

しかし事業撤退にはもうひとつ、営業停止するという方法があります。今回の業務用化粧品の営業停止はこの方法です。数十億円の売り上げがあった業務用化粧品事業そのものをやめてしまうのです。それにはどのような効果があるのでしょうか。

その目的はヒト、つまり社員をもっと成長分野の仕事に振り向けることにあります。資生堂では現在、栃木に国内工場を建設中ですし、韓国などアジア各国でも成長のチャンスがあります。欧州でもフレグランスの販売が好調と、プレステージ化粧品以外にもとにかくさまざまなところに成長機会があります。

チャンスを手にするためにはヒトをいかに成長分野に送り込んでいくのかが重要なのですが、ひとつの事業を営業停止することでそのための人的資源が手に入ります。そして数十億円の売り上げをあきらめたとしても資生堂全体で1%成長するだけでその売り上げはすぐにリカバーできるのです。

低廉品と高付加価値品を両立させる難しさ

そして今回の業務用化粧品からの撤退は、もうひとつ別の観点でプレステージ化粧品を伸ばす効果が出てくると思います。

資生堂ではない別のトイレタリーメーカーの経営者の方から聞いた話です。その会社でプライベートブランドの製造を引き受けることにしたときに、現場で大きな悩みが発生したというのです。

プライベートブランドはコスト削減要請が強く、そのために現場ではいろいろと原材料や成分を工夫して減らしていく努力をしていったそうです。しかし良い商品を作ってきたメーカーにとっては「品質を落とした製品を作る努力」をするというのはとても難しいことだったというのです。

最初からローコスト製品ばかり作っている会社であれば、なんてことのない判断も、より良い製品ばかり作ってきた会社にとっては「なんとなく自信のもてない製品を送り出す仕事」になってしまって、中途半端にしか力が入らなくなってきたというのです。

そのうえその影響は次第にプライベートブランドと同じ商品を製造している工場で、主力製品にも及んできたそうです。つまり主力製品でもコストダウンをしなければならないというときに、プライベートブランド同様に品質に手をつけるというような風潮が出始めてしまったのです。それで最終的にその経営者はプライベートブランドから撤退することにしたそうです。

要するに業務用化粧品のように価格競争が厳しい商品とプレステージ化粧品のように付加価値が高い商品を同じ会社で目指すのは、カルチャーの面で余計な労力がかかるというデメリットがあるのです。そして業務用化粧品から撤退して、プレステージにより力を入れるほうが、組織としての力のベクトルは合わせやすいのです。

このように資生堂の経営陣は、「選択と集中」によって、勝てる可能性が高い市場や勝てる可能性が高い事業に資源を絞り込んでいく経営判断を続けてきたわけです。そしてその結果、足元ではすべての市場、すべての事業で前年度よりも伸びているという状態ができあがっている。つまり冒頭で申し上げた「とても経営しやすい状態」というのは、「選択と集中」の結果、できあがった経営成果だったというわけなのです。

鈴木 貴博 経済評論家、百年コンサルティング代表

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すずき たかひろ / Takahiro Suzuki

東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)を経て2003年に独立。人材企業やIT企業の戦略コンサルティングの傍ら、経済評論家として活躍。人工知能が経済に与える影響についての論客としても知られる。著書に日本経済予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』(PHP)、『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』(講談社)、『戦略思考トレーニングシリーズ』(日経文庫)などがある。BS朝日『モノシリスト』準レギュラーなどテレビ出演も多い。オスカープロモーション所属。

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