「ホワイト・アルバム」は、どうして特別なのか ビートルズの疾風怒濤時代を真空パック

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『ホワイト・アルバム』は、「バック・イン・ザ・USSR」で幕を開けます。

最初に耳に入ってくる音はジェット機の轟音(ごうおん)です。今では、ヒップホップなど効果音を普通に使いますが、当時としては斬新な発想でした。そこにジョージが弾くレスポール・ギターのチョーキングが入ります。次の瞬間、ドラム、ベース、ギターが一斉に4小節のイントロを奏でます。属調のホ長調です。そしてピアノの参戦とともにポールの強力なヴォーカルが始まりロックが一気に加速します。主調のイ長調です。

実は、この和声展開はV7→I という古典音楽の基本形です。ビートと楽器編成はロック、和声はクラシック、効果音はヒップホップの先取り、という異質な組み合わせがビートルズの音楽に深みを与えています。

そして、時代背景にも注目です。『ホワイト・アルバム』が制作された1968年は、東西冷戦真っただ中の時代です。チェコスロバキアで民主化運動「プラハの春」が起きたのもこの年でした。ソヴィエト連邦のレオニード・ブレジネフ共産党書記長が命じて、ソ連邦率いるワルシャワ条約機構軍が国境を突破しチェコスロバキアを侵攻したのが8月20日です。世界が震撼した重大ニュースでした。

その直後の8月22日と23日にこの曲が録音されたのです。ロンドンのアビーロード・スタジオで、たわいなく美女を追いかけ回した挙句、USSR(ソヴィエト社会主義共和国連邦)に帰れ、と歌うわけです。もちろん、ビーチ・ボーイズの『サーフィンUSA』やチャック・ベリーの『バック・イン・ザ・USA』のパロディーという面と併せ、権威を嫌悪し自由を尊ぶ、ビートルズ流諧謔です。

「万物は流転する」~ビートルズの危機

さらに、この曲には、当時のビートルズが直面していたバンドの危機の一端が表れています。実は、この曲のドラムは、不動のドラム奏者リンゴではなく、ポールが叩いているのです。この曲のドラム奏法をめぐりポールと激しく口論した挙句、リンゴは嫌気がさしてビートルズから脱退するという騒動に発展したのです。単に特定の曲に関する見解の相違というより、リンゴの胸に長年にわたって澱のように溜まっていた不満が噴出したのかもしれません。リンゴ不在の中録音されたのが「バック・イン・ザ・USSR」です。

この脱退騒動は、2週間ほどで収束しリンゴは戻ります。が、この曲をリンゴ復帰後に録音し直すことなく、ポールのドラムで完成します。その上、いわく付きのこの曲をA面1曲目に持ってくるのです。なぜ、そんなことになったのでしょうか。

かつて、古代ギリシアの哲学者ヘラクレイトスは、「万物は流転する」と喝破しました。どんなに完璧なモノでも、世界最高のロック・バンドですら時の経過とともに必然的に変化するということです。ビートルズの4人の関係も力学も変わったということです。

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