迷走3カ月で本命に戻った財務次官人事の裏 最強官庁の復活は「日暮れて道遠し」

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官庁の次官人事を有力紙が略歴と顔写真付きで報じた場合、「ひっくり返るケースは極めて少ないし、誤報なら辞表もの」(有力紙経済部長OB)というのが業界の常識だ。しかも、これまで予定調和が続いてきた財務次官人事だけに、今回のような各社の迷走報道は「過去に例がない事態」(同)だったことは否定できない。結局、二転三転の末に、毎日が24日朝刊で「岡本主計局長の昇格」を報じ、各社が追随したことで混乱は収束したが、その経過は、人事をめぐる裏舞台での権力闘争という闇の深さも浮き彫りにする結果となった。

最初に報じられた「星野次官説」は、①改ざん事件に関わりがない、②本命の岡本氏の同期で年次が逆転しない、との理由から「当面をしのぐ暫定人事」として官邸や麻生氏周辺が検討したものとされる。しかし、財務省内には「ごまかしの人事では、財務省の地位がさらに低下する」(幹部)との懸念と不安が広がり、首相周辺からも批判が出たとされる。

そこで、浮上したのが「浅川次官説」だ。浅川氏は麻生氏が首相時代に秘書官を務めて麻生氏の側近となり、財務官として国際会議などでは麻生氏に寄り添い、アドバイスする役柄を続けている。麻生氏にとっても「もっとも信頼できる財務官僚」(側近)であることは間違いない。さらに、浅川氏は福田次官よりも年次が上で、「岡本次官」へのつなぎ役にもなりやすい。ただ、ほとんど国際畑を歩いてきた浅川氏だけに予算編成を担う主計局の経験に乏しいのが難点となった。

こうした「暫定人事」の雰囲気が一変したのは、与党劣勢も伝えられた新潟県知事選での与党支持候補の勝利からだ。与党は国会でも攻勢に転じ、首相や麻生氏も「改ざん問題への野党やマスコミの追及は時間とともに沈静化する」(官邸筋)と自信を回復した。息をひそめて人事調整を見守ってきた財務省事務方からも「小細工しないで、本命の岡本次官を実現すべきだ」(主計局)との声が強まり、麻生氏と官邸側も「本命で押し切る」(官邸筋)ことで合意したとされる。

秋以降の1強継続も「本命人事」を後押し

その間に、首相のしたたかな「3選」戦略が奏功し、総裁選以降も安倍1強が続く状況になったことも「本命起用」を後押しした。総裁選後には党・内閣人事が予想されているが、首相の後見人で2019年10月からの消費税率10%への引き上げを強く主張する麻生氏の財務相続投は「既定路線」となりつつある。そうなれば、来年の福岡での主要20か国・地域財務相・中央銀行総裁会議でも麻生氏が議長役となる。これまでG20の裏方で仕切り役だった浅川氏の留任は麻生氏にとっても「必要不可欠」(側近)なのは間違いない。「岡本次官・浅川財務官」という布陣は「政治的に見ても当然の帰結」(同)というわけだ。

今回の騒動を巻き起こした財務事務次官というポストについて、財務省OBの自民有力議員は「次官の唯一の仕事は後輩の人事」と解説した。同議員は「その次官が突然辞めたことが今回の迷走の原因」と指摘する。たしかに、主要官庁の中でも財務省の人事は「政治が手を出しにくい聖域」(政府筋)とみられてきた。

ただ、「それは財務省が最強官庁であることが前提で、権威が落ちればそんなことは言っていられない」(財務省幹部)のも事実だ。財務省の「本流中の本流」としてOBからの評価も高い岡本氏は「周囲への気配りもできる切れ者」(財務省OB)とされるが、当面は昨年来の不祥事連発と人事の混乱による後遺症からの脱却が「本流次官」としての最優先課題となりそうだ。

泉 宏 政治ジャーナリスト

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いずみ ひろし / Hiroshi Izumi

1947年生まれ。時事通信社政治部記者として田中角栄首相の総理番で取材活動を始めて以来40年以上、永田町・霞が関で政治を見続けている。時事通信社政治部長、同社取締役編集担当を経て2009年から現職。幼少時から都心部に住み、半世紀以上も国会周辺を徘徊してきた。「生涯一記者」がモットー。

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