取材を断られたとしても、客として楽しみたい。そんな思いが胸を突く。昭和風の扉を開けると、カウンターの中のママと目が合う。「初めてなんですけど、女性2人、よろしいですか?」「いらっしゃい、どうぞ」。カウンターに通され、飲み物をオーダーした時点で、改めて取材をしたい旨を伝えた。「やだ、私なんかでいいの? ご期待に添えるかしら」と、ママは優しくほほ笑んだ。
「暑い中ご苦労様。これどうぞ」。飲み物と一緒に出てきたのは、小鉢に入った突き出しだった。「普段の営業時間は17時半からなんだけど、予約をいただければ、16時くらいから店を開けることもあるわね。常連さんの予約も多いのよ」と、壁に貼られたカレンダーを指さした。確かに、カレンダーは予約の文字で埋め尽くされている。
穏やかなママの壮絶な半生
「この店の料理はね、すべてママの手作り。田舎料理が多いんだけど、3000円で飲み放題、歌い放題。料理も3~4品出してくれて、頼めばいろいろ作ってくれるんだよ」。週に2回は通うという常連さんが、そう教えてくれた。
「スナック まき」のママを務めているのは、秋田県出身のいずみふみこさん(78歳)。「あれ? お名前は“まき”ではないんですか?」と聞くと、「居抜きで入ったから、前の名前をそのまま使い続けてるのよ」とのこと。
「舞台小屋でチケットのもぎりをやっていた頃、日本舞踊にあこがれて、20歳で横浜へ出てきたの。横浜にあるゴルフクラブの接待係として働きながら踊りを習っていたんだけど、職場で知り合った人と結婚することになってね。
子どもも授かったんだけど、その後、夫がアルコール依存症になっちゃって。34歳の時、飛び出し自殺で先立ってしまったのよ。それからは、夫から激しく怒鳴られたり、道に飛び出したりするシーンを何度も夢でみるようになっちゃって。目覚める度に「夢でよかった」と、胸をなで下ろす毎日だったわ」(ママ)
壮絶な人生を語ってくれたママの表情は、思いのほか穏やかだった。ママの話を聞いてほのぼのしてると、美しい女性が買い物袋を抱えて店に入ってきた。
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