大阪・昭和町「長屋街」が見事再生できた理由 再生の原動力は3代続く不動産屋の地元愛だ

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「地域の価値をあげるには、単に家だけを整備すればいいのではない。地域に豊かさをもたらす“良き商い”を創出することが必要である」。これも小山さんの課題だった。

メトロ昭和町駅前に建つ、1958(昭和33)年建築のビルは、1階に大手ドーナツ店が入ってはいるものの、2階から3階は3~4坪程度の12の小部屋で構成された特殊な建物だった。家主から賃貸の相談を受けたが、事務所として貸すのには狭すぎる。お世辞にもきれいと言えないビルをどうしたらよいものか悩んだ結果、まちづくりコンサルタントと組んで、このビルを使ってもらう入居者のコンセプトを考えた。

入居者は「起業する女性」「自分の城を持ちたい主婦」に限定した。子育てと家事で多忙な合間をぬって手作り作品やお菓子作りなどのワークショプを開催する主婦など小さなお店をしたいと思っている女性が作業できる場所とした。家賃は2万円から2万5000円ほどに設定し、備品を持って来るだけで開業できる状態にした。

募集はインターネットによる拡散のみ。女性の間で一気に広がり、次々と問い合わせがきた。興味を持って見に来る人達には物件だけでなく、昭和町を案内した。昭和町というまちの思いを受け止めてくれる人だけを選んでもテナントは数カ月で満室になった。入居者同士のテナント会も設立され、ここ昭南ビルに新しいコミュニティが生まれた。

新旧の商いを守り育てるbuy-local活動

小山さんが「良き商い」を創出するための取り組みの中で、忘れてはならないのが、2013年4月から始まったbuy-local活動である。住民と良質な商いをする店との縁結び、それがbuy-local活動だ。昔からの店と最近開業した若い店がともにイベントに参加してもらい、それをサポートする。詳細な店情報を掲載したマップ付きの小冊子を作成して配布する。SNSでも広くPRする。ネットが活用できていない店があればフォローするなど、ひとつひとつの店のサポートを怠らない。

buy-localのまちの店の案内パンフ(筆者撮影)

そういえば、このまちにはスターバックスなどの大手FCの店は見当たらない。あるのは長屋の軒に並ぶ小さくて可愛い店で、それがこのまちの風景だ。まちを歩くとまるで映画『三丁目の夕日』のシーンのようでどこか懐かしい。大阪市内や京都などでも古民家を再利用した店舗が人気ではあるが、いずれも個々の商業的な取り組みである。

一方、小山さんが手がける昭和町界隈のケースは、古い建物を活用することで、そこに住む人達の生活や商いがひとつとなって衰退していたまち全体の価値を向上させていくという取り組みである。そのためには、まちを知り尽くした「まちの不動産屋さん」の役割は大きい。この日も小山さんは、炎天下で改装中の店舗付住宅を見に来た女性を案内し、進捗状況を建築家の人と共に説明していた。彼女は「漢方茶の店とマッサージの店をひとりでやりたい」とうれしそうに夢を語っていた。

小山さんが自転車で走っていると、まちのそこかしこから声がかかる。仲介した人々の家にもまるで身内のように誘われる。家主さんの相談に乗り、借主さんに説明したり、勉強会に参加したり、昭和町の事例を講演したりと、忙しく奔走している。昭和町のまちの不動産屋さんの昭和町の再生の原動力は、祖父の代から3代にわたって育まれてきた揺るぎない地元愛なのだ。

北田 明子 広報・PR、危機管理広報アドバイザー

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きただ あきこ / Akiko Kitada

大学卒業後、1983年大阪読売新聞社入社。89年同社退職後イギリスに留学。帰国後フリーランスの経済誌記者などを経て、2001年対中国投資コンサル会社の副総経理として中国に駐在。05年に帰国後、危機管理広報を中心とした広報アドバイザーとして活動。11年民間から大阪市交通局の広報課長に就任。19年堺市の広報戦略専門官に就任。22年に堺市を退職後は文筆活動のかたわら、民間や自治体の広報アドバイザーとして活動中。22年より滋賀県公文書管理・個人情報保護・情報公開審議会委員。主な著書に『笑うヤミ金融』(ダイヤモンド社)、『企業法務と広報』(共著・民事法研究会)、『企業の法務リスク』(共著・民事法研究会)がある。

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