サッカー日本代表の「時間稼ぎ」が正当な理由 改めて戦術を数学、心理学から振り返る

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ところが、ロスタイムに入った90分20秒、日本代表はイラクに同点ゴールを喫してしまう。再開後、反撃のいとまもなく終了のホイッスルを聞き、選手たちは呆然と芝生に崩れ落ちる。この試合に引き分けた日本は、勝敗同数の韓国を得失点差で下回り、ワールドカップ出場権は夢と消えた。

この悲劇の分析に、どれほどの議論が費やされたであろう。ある者は、敵陣コーナーで、時間稼ぎをせずセンタリングを上げた武田修宏選手を、別な者は、その後いったん取り返したボールをイラクに奪われたラモス瑠偉選手を「戦犯」に挙げた。武田氏は、ごく最近スポーツ紙へのコメントで、「もし、あの時代にアディショナルタイムの中で、ボールを回す今回のような文化があったら、W杯に出て歴史が変わっていたと思う」と述べている。

このコメントを信じれば、今の時代、時間稼ぎで終了を待つ戦術は「文化」と言ってよいのであろう。

では、なぜ海外メディアは大袈裟に批判するのか。日本のポーランド戦終盤の戦法は、サッカー文化の中で、何が異質だというのか。

明らかな違いは、ドーハでは日本が1点リードしていたことであろう。リードしていれば、攻撃を封印しボールを回すのは、あくまで勝利を目指した戦法の範疇と言える。勝つために、消極的な戦法を取るのは理解できる。しかし、今回の対ポーランド戦は、1点のビハインドを守って、自ら負けを目指している。わざと負けるとはなにごとか、卑怯ではないか、許せない、と怒った者があるのだろう。しかし、怒る前にいくつか考えるべき点がある。

予選は通過確率を最大化することが優先事項

まず、予選と本戦は意味が違う。グループマッチすなわち一次リーグの本質は、決勝トーナメントへの選抜である。その勝敗は、それ自体が目的ではなく、決勝進出への手段と捉えるのが正しい。決勝進出確率の最大化が、一次リーグにおけるミッションである。目先の勝利を決勝進出確率より重視しては、本末転倒のそしりを免れない。

予選としての一次リーグの意味を理解すれば、西野朗監督が明確にしたとおり、なんとしてもそこを突破することが目的になる。FIFAランク一位の強豪ドイツですら、これを突破できていない事実を踏まえれば、一次通過に必勝法が存在しないことは自明である。各チームにできることは、その確率をなるべく高くする努力以外にない。

通過確率の最大化の問題として考えたとき、状況はほかのゲームを含めた全体的な他チームとの相対評価で定まる。対戦中の試合はその要素の一つに過ぎない。

1点勝ちを守りきる時間稼ぎも、引き分け維持のそれも、1点負けを維持するのも、数学的モデルとしてはまったく同等である。そのいずれかを良しとし、他を否定するのは、認知バイアスといってもよかろう。現実にボール回しのかなりのケースは、勝ちではなく同点を狙うために行われている。

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