EUの新たな試練、「債務危機から難民危機へ」 カネで解決できない「ヒトの問題」は深刻だ

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ちなみに今回が外交デビューとなったジュゼッペ・コンテ伊首相は会議に先立ち「難民対応で合意しなければ声明には署名しない」と主張し、これが会議長期化の理由になったという。こうした姿勢も奏功し、声明には、イタリアが求めるダブリン規則の修正については早急に作業し、秋には進捗が管理される旨がうたわれた。

確かに「海が近い」という理由だけで相対的に多くの難民を押し付けられるイタリアの不満には一理あるため、何らかの修正は必至だろう。少なくともドイツが新しく創設する難民収容施設はあくまで「ダブリン規則を順守して、最初に到着した国(多くはイタリアやギリシャ)に送り返すための施設」であるため、実質的には「イタリアへ送り返す施設」になりかねない。まずは沿岸諸国に不利なダブリン規則の修正が先だという思いがイタリアにはあると思われる。

いずれにせよ、「合意ゼロ」という事態こそ避けられたが、イタリアや東欧勢を中心とする強硬派との溝が大きかったせいで首脳会議の声明自体はあいまいさの目立つ仕上がりになったといえる。

シェンゲン協定は壊れてしまうのか

こうして見るとポピュリスト政党に政権を奪われたイタリアはもちろん、総選挙による極右躍進をおそれて路線修正を図ったドイツ、極右政党と手を結び政権を運営するオーストリア、難民政策でまったく妥協する気配のない東欧3カ国がそれぞれの利益のために立ち回っているだけである。EUには再び確実に遠心力が働き始めているように見える。

EU首脳会議における「徹夜のマラソン協議」は2009~2012年の欧州債務危機のときには定番の光景であり、その結果として出てくる金融支援の内容や規模はつねに市場で取引材料となった。欧州債務危機は2015年上半期のギリシャ危機を最後に収束した気配が強く、今年に入ってからはギリシャが金融支援を脱却するという象徴的な出来事が報じられた。その意味で1つの時代が終わったようにも感じられた。

しかし、2015年8月にメルケル首相が自身の理想に基づいて決定した無制限難民受け入れ政策を境に、欧州債務危機は欧州難民危機へと形を変えたようにも思われる。「カネを出せば解決する」という債務危機とは異なり、「カネをもらってもヒトは受け入れられない」という側面を持つ難民危機はより厄介である。

現に統合の象徴であるシェンゲン協定(域内では国境検査なく自由に行き来できる)が壊れかけているのを見るにつけ、その脅威はある意味で債務危機以上であると思わせるものがある。経済・金融では世界最強と形容されるドイツの政治を流動化させている現状が、その脅威の大きさを物語っているだろう。

今後、考えられる処方箋はシェンゲン協定の実質停止や域外国境管理の厳格化だが、これが「欧州の理想」とは大きく離れる措置であることはいうまでもない。次回、秋のEU首脳会議はイタリアが新年度予算を協議するタイミングとぶつかり、欧州委員会との対立が並行して発生する可能性がある。実はそのタイミングでECB(欧州中央銀行)が量的緩和の縮小を始め、英国のEU離脱交渉も実質的な期限を迎える。欧州にとっては「試練の秋」となりそうな予感である。

※本記事は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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