西洋は「信じる宗教」、日本は「感じる宗教」 山折哲雄×上田紀行(その4)

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「お天道様が見ている」という世界視線の感覚

上田:私も東工大で必ず年に1回、学生にいやがらせの質問をするのです。

「この中で宗教を信じている人、手を挙げてください」と言うと、200人の教室で2、3人の手が挙がる。クリスチャンとして洗礼を受けている子や創価学会の子は手を挙げる。でも、みんなにヘンなヤツだと思われるから、挙げない子もいると思うんですね。

上田紀行(うえだ・のりゆき)
東京工業大学リベラルアーツセンター教授
文化人類学者、医学博士。1958年、東京都に生まれる。東京大学大学院文化人類学専攻博士課程修了。愛媛大学助教授を経て、東京工業大学大学院准教授(社会理工学研究科価値システム専攻)。2012年2月より現職。『生きる意味』『かけがえのない人間』など著書多数。

「じゃあ、何も信じてない人、手を挙げてください」と言うと、みんなバーッと挙げるんですよ。「その中で初詣に行ったことのある人」と言うと、手を挙げる。「その中でお守りを持っている人、持ったことのある人」と言うと、手が挙がって、カバンの中に持っている子がいるんです。「じゃあ、あなたたち、宗教を信じていないのなら、ここにハサミがあったとしたら、そのお守りをズタズタに切れる?」と言うのです(笑)。

「宗教なんか信じてなくて、神様も信じてないなら切れるだろう?」と言うと、「ダメです。そんなことできるわけないじゃないですか」とうろたえる。「何でできないんだ?」と聞くと、「バチが当たる」と。「誰がバチを当てるんだ?」「神様のバチが当たる」って。「おまえ、神様を信じてるのか?」「いや、神様なんて信じてません」と。「じゃあ、切れるんじゃない?」って、そこで押し問答になるわけです(笑)。

山折:ははは。

上田:宗教的な感覚は持っているが、それは宗教ではなくて、単なる習慣としてやっているのだと考えている、その二枚舌。そこらへんから攻めていく余地はまだあると思うんですよね。やっぱりどんな子でも、家でエロ本を見るときは仏壇を閉めるというから(笑)。

山折:それ面白いな。初めて聞いた(笑)。

上田:そこに遺影とか位牌とかあるのに、その前でエロ本やエロビデオは見られない。やっぱり何となくあっちの世界から見られている感じがあるんですよ。

山折:身を慎むという感覚だな。

上田:向こうから何か見られている、そういう世界視線がある。「お天道様が見ている」という感覚、先生の世代はありますよね。

山折:もちろんあるよ。

上田:私の世代もまだあります。今の子たちはさすがに「お天道様が見ている」という感覚はなさそうですが、何かに見られている感覚はやっぱりあると思う。

ルース・ベネディクトが「日本は恥の文化」だと言った。日本人の恥というのは、人の目だけではなくて、お天道様や御先祖様、そういう大きな世界からの視線の中での恥なのですね。

山折:そうそう。

上田:単にヘンなことをして、人に見られて恥ずかしいというのではなくて、ご先祖様から生をいただいている私としたことが、こんなバカなことをしてしまって恥ずかしい。つまり、誰も見ていないけれども、世界視線からは見られていて恥ずかしいことをしてしまったという、より大きな恥の感覚がある。

それがどんどん縮小していって、経済人や政治家までどんどん縮小していって、また団塊の世代というヤツらが縮小していった(笑)。

山折:はっはっは。

上田:団塊の世代は本当に世界視線がないですよ。ほら、小学校に入ったときから60人学級とかに詰めこまれて、人口圧がむちゃくちゃあったから、人の目しか見えない。団塊の世代の教授たちには、教授会の前の晩に作戦会議をやって多数派工作をしたりすることに燃えてる人も結構いますよ。私の世代は恥ずかしくてそんなことできないけど。要するに、多数派につくことが正義。向こう側の神仏に見られている私の正義ではなくて、この100人の中でいかに多数派を取るかという、株主総会みたいな正義なのです(笑)。

団塊の世代で大きな世界視線が失われてしまいましたが、今の子たちはもう一回それを回復する力があると私は思っています。単線的な世界観がもう骨にも肉にも血にもなっちゃったのが団塊の世代だとすれば、今の子たちは日本が右肩上がりの状況を一度も知りませんから、逆に社会が複線であるということをわかってくれる素地がある。

教育者や経済人も、早く団塊の世代に引退してもらって、より心のある人間がトップに立ったほうがいい。でも、その後で今度はどういうビジョンが語れるのかが問題になってきます。

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