障害児向け「エリート校」が生まれる根本理由

都が鳴り物入りで進める特別支援教育の正体

ところが、そうした学生も就職となると話が違ってくる。就職活動は学生にとってはじめての実社会での真剣勝負である。自分の能力を企業に伝え、自分を売り込まなければならない。

一方、企業は能力のある学生を採用したいものの、コミュニケーションに難があったり、健康上問題を抱える学生は採りたがらないだろう。なぜなら、入社してからの人事が面倒になるからである。その結果、上記の障害のある学生のうち4割は卒業後の進路が決まっていないのである。

就職をゴールとする教育でいいのか

教育の本来の使命とは、子どもたちの潜在能力を見いだし、それを伸ばし、将来の可能性を広げることだろう。就職をゴールとする教育においてその本来の使命を果たすことができるのだろうか。

先に挙げた特別支援学校の例では、生徒たちの可能性を広げるどころか、すでに企業内で実践されている事務や清掃などの"障害者仕事"への従事を目標に訓練を積ませている。また、大学生は勉学よりも就職活動を優先させ、大学サイドも語学やコミュニケーションなど就職に役立つスキルの向上により力点を置くようになりつつある。

日本でもようやく認知され始めた"障害の社会モデル"とは、障害が当事者にあるのではなく、社会の側にあるという考え方である。その考え方によれば、医学的には障害者であっても、それが社会で障害とみなされなければ障害者にはならない。

逆に、どんなささいなことでも社会から受け入れられなければ障害になる。特別支援教育が拡大し、障害のある若者が増えているということは、それだけ社会が障害を作り出している結果と解釈することもできる。つまり、これまで当たり前とされてきた画一的な学び方や働き方に対応できない生徒や若者が増えてきているのである。

だとすれば、教育機関がすべきことは、そうした生徒や若者を隔離して既存の型にはめるよう訓練を施すことではないはずだ。むしろ、学び方を生徒たちに合わせ、その潜在能力を開花させることだろう。そして、真の就労支援とは、その成果を働く場で活かせるよう企業に働きかけることではないだろうか。

障害者は社会を映す鏡である。そこには現代社会のさまざまな問題が映し出されている。私たちはそこからもっと学ばなければならない。

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