マレーシア「初の政権交代」の複雑すぎる事情 アンワルの恩赦・政界復帰で何が起きるのか

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新政権はどのような方向に向かって進んでいくか。新政権の担い手となったPHの政策綱領を見るべきだが、マレーシアの特殊事情により、着眼点はむしろマハティール新首相とPHが結成されて以来の指導者であるアンワルの両人だ。

マハティールは、かつてマレーシアの首相を22年(1981~2003年)の長きにわたって務めた、傑出した指導者であり、マレーシアの近代化と経済発展のために数々の実績を上げた。日本に習おうとする「ルックイースト(東方政策)」を標榜したことは有名だ。

長い法廷闘争を余儀なくされたアンワル氏

旧マハティール政権の末期、すなわち1990年代の終わり頃からマハティールを批判し、辞任を求めたのがアンワル・ビン・イブラヒムであった。もともとUMNOに属しており、マハティール首相の下で副首相兼財務相を務め、一時期はマハティールの後継者と目されたこともあった人物だ。

反撃に出たマハティールは1998年9月、アンワルを解任し、治安維持法違反で逮捕した。翌1999年、アンワルは汚職の罪で6年の刑、さらに次の年には同性愛の罪で9年の刑を受けた。それ以来、アンワルは長い法廷闘争を余儀なくされた。

その一方で、アンワルは野党連合PHの指導者となった。だが、アンワルは、2018年5月に釈放されるまでの20年間の半分近くは収監されていた。これほどまで長く活動を制限されると、常識的には政党の指導者であり続けるのは困難になるはずだが、アンワルはわずかな時間を縫って訴え、発信し、強い影響力を保持し続けた。

アンワルは、欧米諸国から強い支持を受けたことも助けとなっただろう。国際人権団体、アムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチは、早い段階からアンワルの訴追は不当であると強く批判していた。また、当時のアメリカ副大統領であるアル・ゴアが、同性愛罪に対する裁判は噴飯ものだとアンワルを擁護したこともあった。アンワルは、ニューズウィーク社の「今年のアジア人」に選ばれたこともあった。

ところが現在は一変して、マハティールはPH新政権の首相となり、アンワルは同政権を支える実力者として再びマハティールの後継候補となっているのだから、にわかには理解しがたい動きだ。

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