48歳「市の臨時職員」、超ブラック労働の深刻 勤続10年以上で年収は190万円に届かず

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私はあえて彼に「正論」をぶつけてみた。

――労働組合は基本、組合員の利益のために賃上げや労働環境の改善に取り組む組織である。そして賃上げは本来、働き手が労働組合に入るなどして、自らが要求して勝ち取るものだ。今回、労働組合は自分たちの『取り分』を削り、組合員ではない非正規職員のために賃上げを実現させたのであり、ヨシツグさんは、組合に入って声を上げることもせず、組合費も払わず、利益だけを享受したということになるのではないか――。

すると、ヨシツグさんはこう反論した。

「労働組合なんて、入れるわけないでしょう。そんなことしたら即雇い止めです」

「非正規」で働くことの現実

十数年前、私が非正規労働者の過酷な働かされ方について記事を書くと、正社員を中心とした、主に企業内労働組合の組合員から「まずは正社員が直面している賃下げや不当解雇の問題について書くべきだ」「正社員の待遇が上がれば、それと連動して非正規社員の待遇も改善される」と指摘され、議論になったことが何度かあった。そして現在――。本音は知らないが、さすがに表立ってそのような物言いをする労組関係者はいなくなった。

多くの労働組合が非正規労働者の組織化や待遇改善に取り組むようになった「変化」を、私は肯定的に眺めてきた。しかし、当の非正規労働者から見える景色は少し違うのかもしれない。長年にわたり無視され、冷たく見放されてきた恨みは簡単に払拭できない。「10年前の賃下げを行ったのは自治体であり、労働組合ではない」という「正論」はヨシツグさんにとってはさして重要ではないのだ。

ヨシツグさんと会ったのは、彼の希望もあり、職場の最寄り駅からは5駅ほど離れた場所だった。理由は「職場の人に見られるとまずいから」。

非正規労働は自由に選べる多様な働き方のひとつなどというのはきれいごとだと、あらためて思った。賃金カットにノーと言うこともできない。自らの給与について親にさえ屈託なく話すこともできない。仕事の不満を語るのにも人目をはばかり、クビが恐ろしくて労働組合に入って権利を主張することもできない――。これが非正規で働くことの現実である。

この日の天気は土砂降り。視界不良の中、マイカーで遠い家路につくヨシツグさんを見送った。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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